CITY HUNTER
6
香が連れ拐われた少し後、撩がアパートへと戻ってきた。慌てた情報屋の話で、既に香が拐われた事だけは分かっていた。
「チッ…ここまでくるとはな」
思わずそう溢すと、僅かな気配を感じるベッドの下を覗き込む。そこには撩の顔を見て、目を見開いたハナがいた。
「さ、冴羽さんっ」
そう叫ぶように呼ばれ、撩はハナがベッドの下から這い出るのに手を貸してやった。少し震えてはいるが、傷は一つもついていない。その事に撩は安堵した。だがハナは今にも泣きそうな顔で撩にすがり付く。
「冴羽さん、かお…香さんか…!」
「あぁ、分かってる。ハナちゃんは大丈夫かい?」
「私のことはどうでもいいから、香さんを!」
必死にそう言うハナを落ち着かせようと、撩は彼女の顔を真正面から見た。
「ハナちゃん…君が無事でないなら、おれは香のもとには行けない」
「どうして!?香さん、私の代わりに拐われたんですよ!?」
「だからだよ」
撩の言葉にハナは目を瞠った。何を言っているのか、この男は。香の事は大事ではないのだろうか?
だが、続く撩の台詞に、ハナは取り乱したことを恥じた。
「おれ達は君を依頼人として、君の願いを請け負った。そして香は、シティーハンターとして君を護り、おれに後を託したんだ。託されたおれは、シティーハンターとして、君の無事を確かめ、安全を確保するまで、君の傍からは離れられない」
深い色の瞳の奥底に、撩の本心を見た気がして、ハナは息を飲んだ。そうだ、香さんは、身を呈して私を助けてくれたんだ。
ハナは大きく深呼吸すると、撩を真っ直ぐ見つめた。
「…すみません、冴羽さん。もう、大丈夫です」
「そうか。なら、キャッツに移動する間、少し質問に答えてくれるかい?」
「はい!」
ハナが頷いたのを見て、撩は笑みを返すと、立ち上がった。そして彼女を促してアパートから脱出する。クーパーに飛び乗ると、撩は焦る気持ちを隠し、ハンドルを握りしめた。
キャッツには事前に連絡していたので、すぐに美樹がハナを保護してくれた。
「悪いね、美樹ちゃん」
「気にしないで」
いつものように微笑む美樹に、ハナは頭を下げる。
「お世話かけます」
「いいのよ、よくあることだから」
「撩、香の行き先は分かってるのか?」
「その事だが…ハナちゃん。香、もしかして着替えてた?」
ベッドの上に、教授の屋敷に行った時に着ていた服があったのを目敏く見つけていた撩が、ハナに聞いた。撩の隣にいた海坊主も、彼女を見る。
「はい…あの、香さんが私ぐらいの年齢の時は、男の子に間違われていたって聞いたので。それで、ちょっと見せて欲しいなと思って」
「香さん、男装してもキレイだものね。ちょっと中性的で、ハナちゃんぐらいの歳の子なら、好きなタイプの子も多いんじゃないかしら」
クスクスと笑う美樹を見て、ほんの少し顔を顰めた撩に、海坊主も言った。
「お前が香を女扱いしてこなかったことも原因だろう」
「やっぱりそうなんですか?」
ハナにじとりと見上げられ、撩は苦笑する。だがすぐに、話を戻した。
「で、香はどんな服に着替えたんだい?」
「白いシャツに、下は朝から履いていたジーンズです。シャツは…前に依頼で男装した時に着たって言ってたかな」
あぁ、と撩は何かを思い出したかのように、スマホをいじりはじめ、ゆるりと口端を上げた。
「分かったぞ、香の居場所」
香が依頼で着ていたボタン付きの服は、ほぼ全てに発信器を仕込んである。ただ、最近は着ていないシャツだったので、最新の発信器ではなく、撩も言われるまで忘れていた。その発信器の電波をスマホで拾ったのだ。
「さーて、あのじゃじゃ馬は大人しくしてるかねぇ」
「フンッ、俺も行くぞ。最近身体が鈍って仕方ないからな」
「えぇ〜一緒に行くなら美樹ちゃんがいいなぁ」
「あら、ハナちゃんを冴羽さんが見て、私とファルコンで香さんを助けに行ってもいいんだけど」
「美樹ちゃ〜ん」
美樹の言葉に、撩は情けない顔をした。そんな彼を見て、美樹は楽しげに笑いながら、撩の肩を叩いた。
「はいはい、香さんは貴方を待ってるから、早く行ってあげて。ファルコン、冴羽さんのお守、よろしくね」
「オレはベビーシッターじゃねぇ」
「そうだよ美樹ちゃん、どっちかってぇと、おれが海坊主のお守だろ?」
「おまえみたいなヘタレに面倒みられるなんざ、死んだ方がマシだな」
「んだとぉぉ!?」
睨み合う二人に美樹は肩を竦め、ハナは唖然とした。やれやれ、と溜息を吐くと、美樹が二人を止める。
「はいはいストーップ!こんなことしている間に、香さんに何かあったらどうするの!はい、とっとと行ってちょうだい!」
まったくもぅ…と、腰に手を当てて呆れたような表情の美樹に、撩と海坊主はバツが悪そうな顔をしてから、お互いふんっ、とそっぽを向いた。
「ぐっ…行ってくる。美樹、気を付けろよ」
「えぇ、ミックももうすぐ来るから、合流したら教授の所に行くわ」
「ちぇっ、仕方ないから二人で行くか」
二人が並んで出ようとしたところで、ハナが声を掛けた。
「冴羽さん。これを。これもあのペンダントと一緒に渡されたんです」
そう言って手渡されたものは、ステンレス製のピルケースだった。よく見れば、蓋の部分に飾り文字の数字が掘ってある。
「それから、その中にこのSDカードと紙が」
SDカードにはデータが入っているのだろう。そして渡された紙には、『愛は時に偽る』とだけ記されていた。
「ハナちゃんのご両親は…百人一首の話をよくしてたんだったっけ」
「はい。それに何か意味が?」
撩はそれに答えず、紙の端に数字を書きこんで、SDカードと共にそれをハナに返した。
「これは借りて行ってもいいかな」
「はい、お役に立てるなら」
「サンキュ。あと、その紙とSDカードは教授に渡してくれ。それで分かると思うから」
そう言うと、撩は胸ポケットにピルケースを入れて、先に出ていた海坊主を追って外へと出た。
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