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CITY HUNTER
3
「で?オレに何をしろと?」

その日の夜、バーで撩とミックは並んで座っていた。他に客はおらず、マスターは奥に下がっている。

「この研究所、アメリカと繋がっているらしいな。おまえ、何かネタを掴んでるだろう?」

撩に見せられた研究所の名刺には、ハナの父親の名前が書かれていた。ミックはそれを見て、片眉を上げる。

「…彼はワイフと一緒に、事故にあったと聞いているが?」

「今回の依頼人は、その娘だよ」

「夕方、一緒に帰って来たカノジョか…ナルホドね」

ミックはカラリ、と氷を鳴らしながら、ウィスキーを煽った。撩も同じようにグラスを手にする。

「ウワサでしかないぞ」

「あぁ、構わない」

「生物兵器に関する研究を行っていたと聞いている」

「研究者の名前は?」

「オレが知っている、兵器の製造にかかわった人物に、その名前はないな」

「そうか」

撩は名刺を手に取り、何となく眺めていた。だが、ミックの次の言葉に、彼を見た。

「だが…」

「なんだよ」

「それに対抗するための薬やワクチンの研究をしていた人物に、その名前を見た記憶がある」

「治療薬か…」

撩の考え込むような仕草に、ミックはグラスに口を付けながら尋ねた。

「情報がいるなら、もっと調べてみようか?」

「あぁ、頼む」

「依頼料はカオリとの一日デート、リョウの監視なしでな」

ミックのちゃっかりした依頼料に、思考から浮上した撩の眉間に皺が寄る。

「おまえなぁ!」

「それとも、カオリが自分のコイビトだって認めるか?」

「ふぐっ!」

ミックの核心を突く台詞に、撩は飲み掛けていたウィスキーを気管に詰まらせ咽た。そんな彼を横目で見て、ミックは喉の奥で笑う。

「カオリ、ここ一か月で驚くほどキレイになったな…悔しいが、おまえのせいだろう?」

「…」

何も言わない撩の顔を、ミックが覗き込む。

「で?どうなんだよ?」

「…あぁ」

「認めるんだな?」

「だが、おまえらが期待するようなことはまだ何もないからな。どうせ仲間内でおれらのこと、掛けかなんかに使ってるんだろう?」

「…何のことかなぁ」

「分からないとでも思ってるのか?」

「ハハハ…」

「まぁいい。でも、香とはまだ本当に何もないからな。いいか、香に言うなよ?」

睨み付ける撩に、ミックは苦笑いした。しかし、撩が香とのことを否定しない、その一つだけで、ミックは満足だ。ミックと、日本で過ごした後の撩との付き合いは短いが、その時間だけでも彼が随分変わった事と、それが香のせいであることは一目瞭然だった。アメリカでの撩はどこか心が常に欠けていたし、その瞳はいつもどこか死んでいた。それがどうだ。日本で見た彼の瞳に、心に、少なくとも死の翳りは見られない。香のことで悩む姿はあったが、それは恋愛に悩む男のそれで、ミックはそんな撩の変化に驚きはしたが、嬉しくもあった。

「ハイハイ。まぁ、何かあったらカオリの態度ですぐに分かるしな」

ミックが悪戯な顔でそういうと、撩の眉間の皺は深くなる。だがそれは苦悩とは違い、幸せからくるものだと知っているミックは、その目尻に笑みを乗せた。

「さて、今日のところは帰ろうぜ。お互いのSweet Heartが待ってるだろ?」

笑ってグラスを掲げるミックのそれに、撩も苦笑しながらグラスを合わせる。

「…あぁ、そうだな」

そう呟くように言うと、二人はグラスを空け、バーを後にした。

バーからアパートに戻った撩は、まだ起きていた香に出迎えられた。

「おかえり、撩」

「あぁ、ただいま」

「お風呂できてるから入っちゃって。その間に夜食、作っとく」

「ハナちゃんは?」

「疲れてたみたいね。もう寝てる」

「りょーかい」

撩はそう言うと、香に近寄った。なに?、と小首を傾げる香の唇に、さっと自分のそれを重ねる。驚いた香が身体を引くと、彼はクッ…と笑った。ミックには何もないようなことを言ったが、正確には、キス以上の事はまだ何もない。それも、外ではいつも通りに過ごしているから、彼らを常に近くで見ているミックや美樹のような人間でない限りは、その変化も気付かないだろう。

「ちょっと撩!」

「ただいまのちゅーをするのは約束だろ?」

「で、でも、ハナちゃんが」

「彼女は寝てるよ。気配で分かる」

じゃ、撩ちゃんお風呂〜、と言うと、撩は香が怒る前にと、さっさとバスルームへ駆け込んだ。

「ちょ…もう!」

赤く染まった頬を掌で扇ぎながら、香は撩の着替えを取りに彼の部屋へと向かった。

風呂で汗を手早く流し、撩はキッチンへと入った。テーブルにはちょうど出来上がった茶漬けと幾つかのおかずが用意され、香が湯呑に茶を淹れていた。席についてきちんと手を合わせると、さっそく丼に手を伸ばし、サラサラと掻きこむ。茶漬けと言ってもそれなりに手を掛けてくれているそれは、あっという間に撩の腹に収まった。

「で、ハナちゃんからなんか聞けたか?」

茶を啜りながら撩がそう言うと、同じように湯呑に口を付けていた香が口を開いた。

「ん…やっぱり、ハナちゃんがご両親の仕事について知っていることは何もないみたい。ただ…」

「ただ?」

「ご両親が事故に遭う前に、とくに記念日とかでもないのにプレゼントをもらったって言ってた。ほら、ハナちゃん、ちょっと変わった形のペンダントつけてたでしょ?」

そう言って、香は指先を上下にギザギザと動かした。そう言われ、あぁ、と撩は思い出す。彼女の胸元に、確かに銀色の不思議な形のペンダントトップが付いたペンダントをしていた。なるほどな、と撩が呟くと、香は続ける。

「あとは…小倉百人一首の話をよくしていたみたいね。ハナちゃん自身はあまり興味がなかったみたいだけど、ご両親はよく話していたって言ってたかな」

「百人一首、ねぇ」

撩は何か考えるように目を伏せていたが、やがて一つ息を吐き出すと、残っていた茶を飲み干した。

「明日、教授の所に行くぞ」

「分かった。あ、撩」

「ん?」

「今回の依頼…ちょっと長引きそうかな。もしそうなら、誕生日、お祝いできないかもしれないし…撩が欲しいって言っていたプレゼント、当日に用意できないかも」

「あー、そうだな」

香に言われたことに、撩はガシガシと頭を掻く。確かにそう言ったが、依頼が入ったのであれば仕方ない。もちろん、手を抜くことはないし長引かせるつもりもないが、相手がどの程度の時間で動き出すかは、何も分かっていないこの段階で、直ぐにわかるものでもない。

「まだ教えてもらってないけど、撩が欲しいプレゼントってなんなの?」

撩はカレンダーを目にした。香がくれた撩の誕生日は明後日で、そして香の誕生日も間もない。撩は、ふっ、と息を吐くと、香を見た。

「それは、この依頼が終わったら言うよ」

「そう?それでもいいならあたしは構わないんだけど」

でも用意もしないといけないから、早めに言ってね、と言うと、香は二人分の湯呑を手に立ち上がり、シンクの前に移動する。

「あぁ…分かった。んじゃ、寝るわ」

「うん、おやすみ」

「あぁ、おやすみ」

振り返って微笑んだ香に、撩も笑みを返して自室へと戻った。


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あきゅろす。
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