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CITY HUNTER
1
とある朝。

「ちょっと撩!何時だと思ってんだ、さっさと起きろっ!」

毎晩ツケで飲み歩く男を、香はいつものように怒鳴りながら起こしに向った。

ずっと続けられてきた、変わらぬ日常。

「んー…撩ちゃん昨日は遅かったからぁ、まだ眠い〜」

そんな香の怒鳴り声を聞いても、のらりくらりと枕を抱き締めながらブランケットに潜り込んでいる撩。

これからも続く、変わらぬ日常。

「あら、そう…ウチの経済状況を考えず、ツケで飲み歩いてるようなヤツには…」

そう言いながら、香はこれまでのようにハンマーを振りかぶる。

「そんなに起きてほしいんならさぁ…」

「…何よ?」

モゾモゾと頭を出し、眠そうな顔で香を見ると、撩は欠伸を一つ吐いてこう言った。

「お前のキスで起こしてくれよ」

「な、な、朝から何ワケ分んないこと言ってんのよっ!!」

「だってぇ、せっかく早めに帰ってきたのに香ちゃんたら待っててもくれないんだもん、撩ちゃん寂しい〜」

早めに、と言っても真夜中である。しかも何故ツケで飲み歩いているような男を起きて待っていなければいけないのか。香は目の前で『さぁ、おいで』とばかりに両腕を広げ、期待にナニを膨らませている撩に特大のハンマーをお見舞いしてやった。

「…朝から盛るな、ケダモノめっ!」

今までとは明らかに違う真っ赤な顔で部屋を出て行く香に、ハンマーの下敷きになりながら苦笑する撩。

変わらぬ日常の、変わった日常。



とある昼。

「アンタって、いつ見ても馬車馬のように食べるわよね〜」

目の前の皿があっという間に空になる。これだけ気持ちよく食べてくれれば、香としても作り甲斐があるというものだ。

「しかし、おまぁ、全然腕が上がらんなぁ」

そこまでして食っときながらまだいうか!、と香が撩にミニハンマーをヒットさせた。

ずっと続けられてきた、変わらぬ日常。

「……ふぃ〜、食った食った、ごっそさん。おい香ぃ、コーヒー頼む」

「はいはい」

一昨日ケリが着いた依頼のおかげで、今の冴羽商事は珍しく潤っていた…といっても、すぐにツケで消えてしまうだろうが。それでも香はいつもより上機嫌で、昼食の後片付けをして二人分のコーヒーを淹れるとリビングに向った。

「はい、お待たせ」

「サンキュ」

その後はそれぞれテレビを見たり雑誌を読んだりしながら、たまに言葉を交わしたりしてゆっくりと時間が過ぎていく。

「撩、出かけないの?」

「んぁ?雨が降ってるし、こっちのもっこり美女もチェックしとかないとね〜」

そう言いながら、グラビア美女を見て相好を崩すパートナーに、香は呆れ顔で呟いた。

「…ったく。アホか」

これからも続く、変わらぬ日常。

「…なぁ、香」

「ん?なぁに?」

「ちょっと、こっち来い」

撩は寝そべっていたソファーから起き上がり、ポンポン、と自分の隣を叩いた。香はその指示通りそこに腰掛ける。

「どうしたのよ…ってぇぇ!?」

「うーん、やぁらかくって良い枕♪」

座った途端、腿の辺りに重みを感じて香は慌てた。

「ちょ、何してんのよっ!」

「何って膝枕。撩ちゃん一昨日までの依頼でちょっと疲れたの。だからいいじゃん」

そういうと、撩は香の腰に腕を回し、気持ち良さそうに目を閉じる。

「…もぅ、しょうがないわね」

頬を染めながら苦笑した香は、撩の前髪を優しく撫でた。

変わらぬ日常の、変わった日常。



とある夜。

月のない夜空を見上げ、香はひっそりと息を吐く。眼下に広がるネオン街の何処かに、彼はいるのだろうか。

――身に纏ったあの臭いを消す為に。

二人が想いを通わせたあの日から、撩は夜の仕事をあまり隠す事がなくなった。だからと言って、その詳細を語る訳でもなく、香を仕事に連れて行くわけでもない。だが、嘘をつくことはなくなった。

それでも…やはり香の前であの臭いを嗅がせる事は嫌なのだろう。硝煙に混じった、血の臭い。

きっと今日もそれを消す為に、きつい香水とアルコールの臭いを纏って帰ってくるのだろう。

ずっと続けられてきた、変わらぬ日常。

だから香は言ったのだ。

「どんな臭いだろうと、アンタはアンタなんだからね。たとえどんな臭いを纏ってたって、あたしが好きなのは、撩、アンタなんだからね」

――アンタの嫌な臭いなら、あたしが全部消してあげるから…。

そんな香の言葉に一瞬驚いたような表情を見せると、撩は苦笑しながら後ろ手に手を振って夜の街に消えていった。何も言わずに闇に溶けていった。

これからも続く、変わらぬ日常。

香がもう一つ息を零そうとしたその時。背後で気配がした。

「…撩」

「よぉ、香。どったの、暗い顔して」

「別にそんな顔してないわよ。早かったじゃない。今日はどこで飲んだくれてきたのよ?」

そういいながらも、香は撩に怪我がないかと全身に目をやる。どうやら大した傷はないようだ。

「酷いなぁ香ちゃんたら、『おかえり』ぐらい言ってくれてもいいんでないの?」

へらへら笑う撩に、呆れたように香は言った。

「ツケを増やして帰ってきた人を待ってただけでもありがたく思ってほしいわね。じゃ、あたしもう寝るわ」

そして撩の横をすり抜けようとした香の腕を、彼は掴んで引っぱった。胸に軽い衝撃を覚え、撩は飛び込んできた彼女の身体を抱き締める。

「ちょっ、りょ…あ、れ?」

驚いて抵抗しようとした香は、撩の身体から予想していた物を嗅ぎ取れずに困惑した。彼が身に纏っていたものは、アルコールでも香水でもなく…嗅ぎなれた、硝煙の匂い。

「お前が消してくれるんだろ?」

驚いて顔を上げた香の目に、撩の、少しおどけたような、でも真剣な瞳が映った。

「撩…」

「ただいま、香」

「おかえりなさい…撩」

ひっそりと静まった空間で、そっと交わされる口付けは――変わらぬ日常の、変わった日常。



変わらぬと思っていた、変えたいと思っていた、そして変わった、二人の日常。


あきゅろす。
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