旧戦国
2
名無しは可笑しくなって、クスッ、と笑みを漏らした。
「…何が可笑しいんだい?」
膝の上の獅子が薄く目を開け、眠そうな声で名無しに尋ねる。
「…いえ、何も…綺麗な髪だな、と思って」
名無しはそう言うと、彼の鬣を撫でた。慶次は気持ち良さそうに笑うと、また目を閉じる。名無しは手櫛で何度も彼の鬣を梳いていた。指の間を通る髪の感触が、少し擽ったくて心地良い。
「慶次様は…」
「なんだい?」
慶次は再び目を開き、頭上の名無しを見上げる。そこには穏やかに微笑する彼女がいた。
「雨だと思っていましたが、慶次様の金の髪は、太陽の色なんですね。私、お日様を独り占めにしているみたい」
そう言うと、名無しはにっこり微笑む。
「そうかい」
そう呟くように言うと、慶次は再び目を閉じた。その口元には幸せそうな表情が浮かんでいた。
「…慶次様…寝ちゃったかしら?」
暫く反応のない慶次を見て、名無しは小さく彼を呼んでみたが、返事が返ってこなかった。
…疲れてたのかな…
もしかしたら、彼はとても疲れていたのではないかと、名無しは心配になった。もしそうだとしたら、自分は彼に無理をさせてしまうところだったのかもしれない。そう思うと、慶次に申し訳なくなった。
…一緒にいたいからって、少しでも傍にいたいからって、私はなんて我が儘を彼に押し付けていたのだろう…
金の髪を、名無しはそっと一房取り上げる。それは慶次の心のように暖かな光を放っていた。
「慶次様…あまりご無理はなさらないで…私は貴方とこうやって共に過ごせるだけで、とても満たされてるんですから…」
名無しは手の中の光の束に頬を寄せ、そっと口付けを落とす。眠っている彼には届かない、それでも溢れる様々な想いをその唇に乗せて。
暫く後、名無しが慶次に膝枕したまま寝入った頃、彼は静かに瞼を上げた。自分の髪を掴んだままの彼女の手に、自身の手を重ねる。そっとその手を頬に当てると、柔らかな温もりが伝わってきた。
…この獅子にも、安らげる場所があったなんて、な…
気まぐれ半分で膝枕に持ち込んだが、自分の完敗だと慶次は思った。名無しが自分の髪を太陽のようだと言った時の、彼女の笑み。慶次は彼女こそ、柔らかな日差しのような太陽だと感じた。
…参ったねぇ…
この太陽を手放すなど、もう自分にはできないだろう。ならば己で護ればいい。その光が翳らないように。その瞳が雨で濡れないように。
…なぁ、名無し。アンタが照らしてくれるから、俺は自由に飛びまわれるんだぜ?名無しが暖めてくれるから、俺は何があっても生きていける。だからこれからもこうやって、俺を照らしてくれよ?名無し…
外ではいつの間にか雨は止み、雲の切れ間から幾筋もの光が大地を照らしていた。
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