旧戦国
2
慶次は手入れ途中の刀に触れ、まるで悪戯坊主のような顔で名無しを見る。少しの間無言で慶次を見つめていた彼女だったが、やがて一つ溜息を吐くと、ゴツンと一発慶次の頭に拳骨を落とした。
「…痛いねぇ」
「バカ慶次。何よその言い分は」
「そいつはいつもアンタと一緒にいるだろう?それにそんなに労わってもらえるなんてねぇ。俺が貰えるのはお前さんの拳骨ときたもんだ」
「…あのねぇ、武人として生きている私達には当たり前のことでしょう?慶次だって松風や矛の手入れをするじゃない」
「そうなんだがねぇ…」
まだ何か慶次は言いたげだったが、言葉にはせず、仰向けになって眼を閉じる。名無しは再び軽く溜息を吐くと、苦笑した。
「…ねぇ慶次」
「…なんだい?」
「…今日ね、この夏最後の祭りがあるんだって」
「…そうらしいな」
「…一緒に行かない?」
その言葉を聞いた途端、慶次はガバっと起き上がると、驚いたように名無しを見た。名無しは中断していた刀の手入れを再開していたため、慶次とは視線を合わせてはくれない。
「…俺で良いのかい?」
「慶次がいいのよ…貴方が嫌なら他の人誘うけど」
「嫌なわけないだろう!名無しから誘ってくれたんだ、何があっても行くぜ」
「じゃあ先に準備してきて」
「準備?」
名無しは慶次の不思議そうな声を聞くと、刀から眼を離し、悪戯っぽく笑った。
「どうせなら雰囲気だして浴衣で行かない?ちゃんと慶次の分も用意してあるの」
「…そりゃあいい!やっぱアンタはいい女だねぇ!!」
慶次は嬉しそうに名無しをぎゅっと抱き締めると、じゃあ先に用意してくる、と言って子供のような笑顔を浮かべ、実に楽しげに部屋を出ていった。そんな後ろ姿を見て、名無しも思わず笑みが零れる。
「…まったく、大きな子供に懐かれちゃったわね」
そう楽しげに呟くと、最後の仕上げに取り掛かるべく、名無しは再び刀に向き合った。
外では蜩が、去り行く夏を惜しむように鳴いていた。
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