旧戦国
真夏の花・1
ちりん、ちりん、と涼しげに鳴る風鈴の音色を聞きながら、名無しは廊下を歩いていた。
手には竹筒に入った水羊羹の包みがある。もらい物なのだが、たしか孫市が好きだったな、と思い出し、何本か持ってきたのだ。
角を曲がると、廊下に腰掛けた彼の姿があった。団扇でパタパタ扇ぎながら、ぼぅっ、と空を見ている姿は、とても鉄砲集団の長には見えない。足元に目をやると、水の入った盥に足を突っ込んでいた。
「相変わらず、暑さに弱いんですね」
名無しが苦笑気味に声を掛けた。
「暑過ぎるんだよ」
ちらっと視線を流してくるだけなのに、孫市はそれだけで十分な色気がある。せっかく持って生まれたものがあるのに、あの女性に対する口説き文句でその魅力を半減させているのがなんとも勿体無いと、名無しは常々思っていた。
…まぁ、そのお陰で特定の女性がいないのは、名無しとしては嬉しいような気もしていたが。
最近は孫市を見るたびに
『何故特定の女性が現れないのか』
と
『そういう人が現われないで欲しい』
という、相反する気持ちが同時に湧き上がっていて、名無しは困っていた。
「おっ、良い物持ってるじゃないか、名無し!」
「目敏いですね」
名無しの手に自分の好物を見つけ、孫市は団扇を振って名無しを呼び寄せた。
その姿はまるで子供のようだ。嬉しそうに笑みを見せる彼に、名無しも笑いながら歩み寄り、手土産を渡した。
「どうぞ」
「あぁ、ありがとう」
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