旧戦国
3
「…ねぇ、慶次はいらないの?」
暫く他愛のない話をしながら午後のひとときを楽しんでいたが、ふと名無しが慶次に聞いた。自分しか蕨餅に手を着けていないと気付いたのだ。
「あぁ、それはアンタの為に買って来たもんだ。名無しが全部食っちまっていいんだぜ」
「でも…なんか悪い気がする」
「名無しが気にすることは何もないだろ?」
「でもせっかく暑い中買ってきてくれたんだし…一緒に食べない?」
なおもそう食い下がってくる名無しに、慶次は、じゃあ一つ貰おうか、と言おうとして、ふとあるものが眼に入った。その刹那、彼の頭に妙案が浮かぶ。
「じゃあ、一つ貰おうかねぇ」
慶次は先程頭に浮かんだ言葉をそのまま言って、片手を差し出した。名無しはにっこり笑うと蕨餅を差し出す。だが、彼の手はそれを通り越し――名無しの頬に当てられた。そして名無しが戸惑うのも無視し、慶次は少し身を乗り出すと――なんと彼女の口元をペロリ、と舐めたのだ。
「確かに戴いたぜ?ごちそうさま」
そしてそう名無しの耳元でそう囁くと、慶次は何もなかったかのようにまた身を戻し、涼しい顔をして茶を啜った。
「え?えっ?…えぇ〜っ!?」
何が起こったのか解らなかった名無しは、それでも混乱する頭で答えを導き出す。
慶次は名無しの口元に着いたきな粉を舐め取ったのだ。
「ななっ…!」
「そんなに興奮するほどの事でもないだろう?」
「こ、興奮なんかしてへん!!」
「名無しは興奮するとお国言葉がでるようだな」
「…っ!!」
驚きと動揺で真っ赤になって絶句した名無しを見て、慶次は愉快そうに笑った。そして…ニヤリと凶悪そうな笑みを浮かべてこう言い募ったのだ。
「俺としちゃ、最初ここにきた時の名無しを戴きたかったんだがなぁ。さすがにこう暑い時じゃアンタがキレそうだったんでね。夜だったらまず真っ先に名無しをご馳走になってただろうよ」
その後、どんなに暑い日でも慶次の気配を感じると、急いで着物を直す名無しの姿があったらしい。
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