旧戦国
政宗と雨空と
「なんだ、名無し。そんなに空を睨んでも雨は上がらんぞ」
政宗は部屋から空を眺めている名無しの姿を見てそう言った。
「あ、政宗様」
「どうせ雨が降っていては牽牛と織女が逢えんとでも思っているのであろう。それはただの作り話だ」
「それは分かっているんですが…」
主人の言葉に少し不満げに名無しはそう言うが、それ以上何も言わずにいた。
「儂は少し眠い。膝を貸せ、名無し」
有無を言わせぬその態度に、名無しは苦笑しつつ座り直す。政宗は当然のように頭を名無しの膝に預けた。
「また仕事を放ってきたんですか?」
「休憩だ、バカめ」
眼を閉じた政宗の髪を撫でながら、名無しは外を見る。雨はしとしとと降り続き、大地を濡らしていた。
「年に一度きりで満足できるなど、儂には理解できんな」
眼を閉じたままの政宗が突然そう言った。
「えっ?」
「惚れた女子に逢うのに、何故周囲にとやかく言われねばならんのだ。言われるままになるのはお互いにそれまでの関係だっただけのことであろう?」
「でも…親や肉親は心配なんじゃないでしょうか?」
「ならばそう言われないようにすればいい。それが出来んのはお互いの努力や甲斐性が足りんということだ。違うか?」
それは政宗らしい言葉だと名無しは思った。きっと彼なら周囲の反対に合っても自分の信じた道を貫き通すのであろう。まだ成長途中のその身体に、彼はどのぐらいの可能性を秘めているのか。名無しは頼もしげに眼を細めた。
「儂は年に一度で満足するようなことは出来ん。だが、募る想いというやつなら解るぞ」
「募る想い…ですか」
「毎日逢うていても、いつも近くに存在を感じでいても、想いという物は募る」
「そう…ですね」
「…儂はお前の事を言っておるのだ、名無し」
そう言うと、政宗は隻眼をゆっくり開いた。射抜くような光を宿した瞳は、片方だというのに常人のそれとは比べ物にならないぐらい強い力を秘めていた。見つめられた名無しは、思わず息を飲み込む。
「こうやっていても想いは募る。離れておれば尚更だ」
聞いている名無しの頬が、見る見る紅を注したように色づく。
「だから心配せずともよい。儂の帰る場所は名無しの元以外に何処にもない」
「…!見たんですか!?」
名無しは先程書いた短冊を思い出した。
「たまたま見えただけだ」
「もう…」
「それより、名無し。お前も何処にも行くなよ?名無しの帰る場所も儂のいる所以外はないのだからな」
そう言うと、政宗は眠そうに欠伸を漏らし、再び瞳を閉じた。
「…はい」
嬉しそうに微笑んだ名無しは、眠ってしまった彼の頬をそっと愛しげに撫でた。いつしか雨は止み、雲の隙間からは光が零れだしていた。
――これから先も、貴方がいつも無事に帰ってこられますように…――
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