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旧戦国
4

その後、大切にしていた愛馬に別れを告げ、名無しは屋敷の門へと向かっていた。そして門を抜けようとしたその時、それは起こった。

「…よぉ、名無し。奇遇だな」

「…っ!?」

そこには先程寝ていたはずの雑賀の頭領・孫市がいた。名無しが驚きのあまり声を出せないでいると、彼はゆっくり近づいてきた。

「朝早くから散歩でもしてるのか?それは助かった。ちょっと身体が鈍ってきてるんでな、俺も散歩でもと思ったんだが、どうもまだ傷が疼くんだ。悪いが肩を貸してもらうぜ」

出会ったのが野郎じゃなくて本当によかった、と冗談を言いながら、孫市は名無しの肩に腕を回す。孫市の腕に肩を抱かれた格好になり、名無しは心臓が跳ねる音を聞いた。

「さて、ちょっと連れて行って欲しい所があるんだが、いいか?」

名無しの肩に腕を回した孫市が有無を言わせぬ雰囲気で腕に力を込めたため、名無しはそれに従わざるを得なくなった。二人はゆっくりとした足取りで、その場所に向かう。辿りついたそこは――小さな寺だった。

「ここは…」

「今日はあいつの月命日だろ」

そういうと孫市は名無しの肩を押すように門をくぐる。そして一つの墓碑の前で立ち止まった。名無しの弟の墓だった。

「さすがに毎月は無理だが、時間ができればなるべくくるようにはしている。報告しなきゃならないこともあるしな」

孫市はそういうと静かに手を合わせた。

「どうして…」

なぜ孫市ほどの人間が、たとえ仲が良かったと言えども一介の兵士に過ぎなかった弟の墓に、そんなにも頻繁に参ってくれているのか。孫市が戦で死んだ雑賀衆の者に対して、密かに弔いの祈りを送っていたことは知っていた。だが…経や坊主など嫌いだと公言して憚らない彼が、なぜこんな風に弟の墓には足を運んでくれているのか。名無しには理解できなかった。

「名無しには口止めされてたんだがな…あいつの最後の言葉は俺が聞いている」

手を合わせ終わった孫市は、墓碑を見ながらそう言った。

「最後…」

「そうだ。あいつはこう言ってた…『きっと姉は自分を責めるだろう。だが、僕がここで死ぬのは絶対に名無し姉さんのせいじゃない。でも、誰が言っても聞かないだろうから、もし姉さんが辛そうにしてたら、助けてやって欲しい』ってな」

「っ!…」

「…一つだけ名無しには言っておきたい事がある。あの時、あの戦で名無しが取った行動は、決して間違ってはいない。名無しがそうしたことであの戦いで助かった者が多くいた。名無しの判断は間違ってはいなかったんだぜ」

「でも…っ!!」

「あの時、苦戦の伝令を飛ばしたのはこの俺だ。そして真っ先に俺が駆けつけた時、もうあいつは虫の息だった。それでも、最後まで雑賀衆の誇りを失わず、そして――家族への、名無しへの想いだけを胸に抱いてた。最後まで自分の事じゃなく、名無しの事を心配してたんだぞ。最後まで…俺に『姉の事を頼む』と言って死んでいった。大好きだったアンタの笑顔が途絶えないように、それだけを望んで逝ったんだ」

「でも…私があの場所を受け持っていたら…っ!」

「それも違う。あの配置は俺が決めたんだ。だから責められるべきは名無しじゃない、この俺だ。それにその後のご両親の事も悪かった。もっと早く対処していればなんとかなったかもしれなかったが…本当に、すまないと思っている」

孫市は名無しと向き合って立つと、静かに頭を下げた。

「ち…がう…違います!若は悪くない…私は…っ!」

名無しは弟を失って以来、初めて心から泣いていた。弟の強さと、そして今までずっと見てきてくれていた孫市暖かさにようやく気付いた。

孫市は頭を上げるとそっと名無しを抱き締めた。自分は生き残ってしまったのではなく、弟の意思とこの温もりに包まれて生かされていたのだと、名無しは孫市の腕の中で感じた。

――傷は傷のままでもいい。それでも人はまた前を見て動き出せる。それが人間なんだもの。私は君を忘れない。だから見ていて、見つめていて。君と過ごした日々はもう動かないけれど、それでも君が残してくれた温もりは、ちゃんと私に届いたからね――

溢れる涙と共に、コトリ、と何かが動き出す音を、名無しはたしかに感じていた。


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あきゅろす。
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