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旧戦国
2

来る、そう予感してその腕に力を込めた時、一発の銃声が辺りに響いた。背後の敵が何やら呻き、そのままドサリ、と落馬する気配がした。

「ふぅ。間一髪、だな」

名無しの耳に独特な声が飛び込んでくる。

「…若!どうして!?」

そこには肩で息をしながらも名無しを気遣うような表情を崩さない雑賀の頭領、孫市がいた。

「俺は全ての女性を護るためにいるんだぜ?名無しが危なくなったら助けにくるのは当然だろ」

本気とも冗談ともつかないいつもの孫市を見て、名無しはそれまでの緊張が取れていくのを感じた。

「若はいつでも変わらないんですね。さすがです」

こんな状況なのに笑っている自分に驚きながら、名無しは孫市に軽口を叩く。背後では雑賀衆が援護射撃していた。

「女性の笑顔が見られるならなんだってするさ」

そういうと孫市は名無しの腕を取り立ち上がらせた。そこで初めて彼女の腕に少年兵が抱かれていたのに気付く。ふと、彼女の弟を思い出した。名無しが助けられなかったと悔やむたった一人の兄弟に、その少年はどことなく似ている。彼女が我を忘れて助けようとしたのは目に見えて分かった。

「お前、怪我は片足だけだな?なら名無しの乗ってきた馬に乗れ。名無しは俺と一緒に行くぞ」

援護があるからと言ってものんびりしている時間はない。そろそろ行かねば全員あの世行きだと孫市は言うと、まずは少年を馬に乗せ、雑賀の人間に護衛させながら行かせた。

「さぁ、名無し。さっさと逃げるぞ」

そう言って孫市が彼女の方に振り向いた瞬間。

名無しの背後に一人の織田兵がいた。銃を構えている暇はない。咄嗟に孫市は名無しを突き飛ばし、身代わりに敵兵の前に出た。

何が起こったのか、名無しは一瞬分からなかった。孫市に突き飛ばされたのだと分かり、驚いて彼を見る。その瞬間――彼は敵に斬られていた。鮮血が飛び、孫市の顔に苦悶の表情が広がる。

その光景を、名無しは瞬きする事もなく、ただ見ていた。孫市を斬った敵はすぐさま雑賀衆の集中砲火を受け、地に崩れていた。

――これは、なんだ?

目の前で、孫市が倒れている。

――この光景は、なんなのだ?

名無しの脳裏にあの時の弟の姿が浮かんだ。

彼もまた、名無しの身代わりに死んだようなものだった。本来なら名無しが行くはずだった場所に、姉である名無しの身を案じて彼は配置転換を望んだ。結果、弟は死に、姉が生き残ってしまった。苦戦は聞いていた名無しだったが、目の前の敵を優先し駆けつけるのが遅くなってしまったのだ。もしもっと早くに自分が駆けつけていれば違う結果だったかもしれない。戦には勝ったが、名無しは大切な物を失った。

彼の死は、家にも影を落とした。両親は名無しを責めなかったが、やはり嫡男を失った痛手はあまりにも大きかった。女である名無しには、たとえどんなに雑賀で頭角を現そうが、家を継ぐことはできないのだ。

その後暫くして父親も母親も、病に罹り呆気なく逝ってしまった。やはりあの時自分があの場所に行くべきだった…そう名無しは自分を責め続けた。

そして。今また同じような事が起きている。両親を亡くした名無しを庇護し、何かと目を掛けてくれていた孫市が…今の自分に最も大切な人が、また自分の代わりに傷ついている。

何故こんな事が繰り返されるのか。何故自分のような人間の身代わりになるのか。私は…彼らの犠牲の上に生かされるような、そんなりっぱな人間じゃないのに。なぜ…ナゼ…何故だ!

「…ぃ…ゃっ…ぃやぁぁぁぁっっ!!!」

止まったまま閉じこめていた過去が蘇る。名無しは膝から崩れ落ちた。


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