旧戦国
2
見ると、二本の腕が腰辺りに回されている。腕の主は、もちろん孫市。
「名無しが浮気するからだ」
「…はぁ!?」
「…空とばかり愛を語り合っていたじゃないか。だから、せめて俺は名無しの温もりだけは失くさないようにしているのさ」
名無しの耳元で、飛び切り甘い声で囁く孫市。
なんてズルイ技を使うのか。その声に自分が弱いことを百も承知で彼はそうしているのだ。
でも、今日は負けないから!
「〜〜〜っ!…もぅ、自分の事は棚に上げてよく言うわ」
「そんなことはないぜ?俺が愛を囁くのは名無しだけさ」
「…どうだか」
「俺はそんなに信用ないのか?…それとも愛し足りないのか…」
「…ちょ、孫市!何処触ってんの!?」
孫市の手が少しずつ上に上がってくる。
「きっと伝わってないということは、言葉も行動も足りてないってことだな」
孫市のその言葉に、やっと彼の『本気』を感じた。
「…っ!!大丈夫!足りてる、足りてます!!だから早く皆の所に行かないと、ね?」
このままでは彼のペースに持ち込まれる。だから早く抜け出さないと。
仕方なく視線を彼に向けた。上目遣いで、飛び切りの柔らかさを添えて。でも、もう遅かったみたいだ。
「そんな視線で見つめられたら、止められるわけがないだろ?名無しのその瞳は俺の全てを熱くさせる…その責任は取ってもらわないとな」
吐息と一緒にそう囁かれては、もう勝ち目なんてない。悔しいから、こっちから噛み付くみたいに唇を重ねてやった。
驚く孫市の顔に、楽しげな表情が広がる。
…なんか、マズイこと…した?
その後、名無しは孫市の
「その視線は他の誰にも向けないように」
という言葉と、嫌と言うほど彼の想いを教え込まれ、二度と彼が云う所の『愛』を疑うまいと心に誓ったのであった。
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