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旧戦国
2

「なぁ、名無し。今日は良い月だろう?」

そう言いながら、慶次は自分の杯を酒で満たす。

「アンタ言ったよなぁ、自分がいなくなっても、俺は笑っててくれって」

酒を満たした杯に、白い月が浮かんだ。

「俺には皆に囲まれて笑っている姿が良く似合うって。何にも縛られない俺が好きだって、名無しはそう言ってくれたよなぁ」

――私がいなくなっても、慶次様は悲しまなくていい…貴方は天にだって愛されているんだもの、きっとたくさんの人に愛されるわ…だから、私のことは思い出さなくていい――

慶次は杯の月を見つめていた。

「だからなぁ、俺はずっと笑ってた。昔の友が来たと言っちゃあ酒盛りしたり、時には色街に繰り出した事もあった。名無しの言った通り、俺はずっと笑顔でいた」

そう言って慶次は揺ら揺らと浮かぶ月を飲み干す。

「だけどなぁ…アンタを…名無しを忘れることは、出来なかった」

そう、それだけは出来なかったのだ。自由気ままに生き、どんなに笑っていても、いつも彼女の笑顔を探している自分がいた。

「お前さん、俺に酷な頼み事してくたなぁ…」

…どんなに忘れようとしても。

名無しの声。
名無しの顔。
名無しの心。
そして、名無しの温もり。

自分の全ての感覚に、名無しという存在が浸透していた。それを消し去ることは最早不可能だったのだ。それを知った時、慶次は改めて彼女の存在の大きさを知った。自分がどんなに惚れていたのかを思い知らされたのだ。そして、その温もりに触れることはもう叶わないという事が、逆に名無しの存在を色濃く残す事となった。

「…すまんな、名無し。お前の望みはなんだって叶えてやりたかったが、こればっかりは無理な願い事だ」

そう言うと、慶次は一度言葉を切り、居住まいを正した。

「その代わりと言っちゃなんだが、名無しの願い通り、ずっと笑っててやるぜ。アンタが笑えなかった分、俺は笑ってやる。名無しと一緒に笑えなかった分、俺は名無しと一緒にいた時と同じように笑う。だから、それで勘弁してくれや。俺にアンタを…名無しという存在と共に生きていた俺で、この残りの人生を歩ませちゃくれないか?」

慶次はそう言い募ると、小さな墓石を優しく撫でる。その刹那…風が彼の頭をそっと撫でるように往き過ぎた。

…そういや名無し、アンタ俺の髪触るの好きだったよなぁ…

慶次は呟いて自分の頭に手をやった。そこにはもう名無しの好きだった鬣はない。それでも風は、名無しの手のように優しい温もりを慶次の心に届けてくれた。

慶次の頬には、一筋の光が伝っていた。

その後天寿を全うするまで、彼は笑顔を絶やさなかったという。そして死の間際、風が――名無しが――来たと呟いて逝った彼は、とても安らかな微笑を浮かべていたと、人々に伝えられている。


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