旧戦国
3
「…んっ!?…んん〜〜っっ!!」
驚いた名無しは抵抗を試みるが、孫市はそんな彼女を難なく抱き締め、更に深く口付ける。その柔らかな杯を、彼は心ゆくまで堪能した。甘い吐息を乗せ始めたそれは、蕩ける様な熱い痺れを感じさせ、たった一口の美酒で彼を酔わせるものだった。
「…あっただろ?俺の杯が」
くたり、と力の抜けてしまった名無しを抱きとめた孫市が、彼女の耳元で囁いた。
「なんで…こんなこと…」
まだ混乱している名無しが、少し荒い息で尋ねる。
「…あんな顔で挑発する名無しが悪い」
「そっ…してない!」
「惚れてる女にあんなこと言われたら、少なくとも俺は引けないんでね」
「…っ!!」
孫市の突然の告白に、名無しは固まってしまった。
「クッ…可愛いな、名無し。そんなに可愛かったら、最後まで戴いてしまうぜ?」
「な、な…そ、そんな、他の女にうつつを抜かす人なんか嫌いよっ!!」
「…だったらもう行かなきゃいいんだな?」
「…え?」
「名無しがいるならもう他はいらないだろ?」
「ど、どういう意味よ!」
「解らないならもっとやってもいいんだが?」
「いっ、いいっ!!」
片眉を上げニヤリと笑う孫市を見て、名無しは彼の本気を感じた。このままでは全て持っていかれてしまう…それはそれでいいのかもしれないが。
「で、名無しの答えを聞かせてほしいんだがな?」
「えっ!?」
「俺のことをどう思ってくれているのか」
「…」
耳まで真っ赤になって孫市を見つめる名無しを見て、孫市は堪えきれずに笑みを漏らした。
「…ククッ…ホント、名無しは可愛いなぁ。解ったよ、今日はその顔で勘弁してやるよ」
そういいながら、孫市は名無しの額に一つ口付けを落とす。
「〜〜〜っっっ!!!」
もうこれ以上はないというぐらいに赤面し口をパクパクさせている名無しを見て、孫市は声を上げて笑うと、愛しげに彼女を抱き締め囁いた。
「…さあ、帰るぞ名無し。兄さんが心配してる。それに…そんな可愛いお前の顔は、桜にだって見せたくない」
「…うん」
まだ赤い顔のまま、それでも幾分落ち着きを取り戻した名無しは素直にそう頷く。
そっと見上げると、優しく微笑む孫市の顔と、その向こうに愉しげに揺れる桜の花があった。
――よかったね、嬉しいね――
去っていく二人の姿を見ていた桜は、優しく吹く風にその花びらを乗せ、静かに春の訪れを告げていた。
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