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旧戦国
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「政宗さまーっ!」

「政宗様は何処へ行かれたーっ!」

…またやってるよ…

伊達家ではいつもの光景が繰り返されていた。当主・政宗が家臣達の包囲網をかい潜り、城下にお忍びで視察するという名目の脱走を謀るのである。

…今日こそはさっさと逃げよう。

そんな騒ぎを耳にして、のんびりと庭の手入れを手伝っていた伊達家のくのいち・名無しは、そう心に決めた。彼女は毎回政宗捜索に駆り出され、そして毎回彼を見つけ出す、言わば政宗探しの名人だった。が、彼が脱走を企てるのは決まって名無しが仕事のない暇な時で、彼女はいつも年若い主に休みを奪われた上に城下の視察に連れ回されているのだ。

…政宗様の事は嫌いじゃないけど、ね。

そう、名無しは政宗が嫌いではない。寧ろこの気持ちは好意に近い。気付いたのは何時だろうか。だが所詮名無しはくのいちだ。どんなに想っても主に伝えられるわけがない。届かない気持ちなら気付かなかった事にして仕舞い込んでおこうと、名無しはいつの頃からかそう考えるようになっていた。

…片倉様に見つかったら終わりよね。

小十郎に見つかれば最後、政宗捜索隊に組み込まれるのは必至である。そう名無しは考えて、すぐにその場を離れる事にした。庭師に用を思い出したからと告げ、見つからないようにその場を脱出しようと試みる。が、時既に遅し。伊達軍団『知謀』の士と言われる小十郎のこと、名無しの事を見逃す筈がなかった。

「名無し!騒ぎは聞いていたな!」

逃げようとしていたその時に、背後から呼び止められる。

「…成実様…」

「小十郎に此処にお前がいるからと言われたが、本当にいたな〜」

名無しは心中で、なんで知ってんのよ、とひそかに突っ込んだ。

「ま、あれだけ騒いでいたから解っていると思うが、休んでいるところ悪いが宜しく頼むな」

成実は名無しにそう告げると戻って行った。

「…はぁい」

結局こうなるのか…名無しは一つ溜息を零すと、仕方なく城を出た。

…でも、なんで皆解らないのかしら?

名無しは何故他の者達が…あの小十郎でさえ…政宗を見つけられないのかが解らなかった。

…ちょっと考えれば、政宗様は色んな答えをくれてるって気付くのになぁ。

そう。彼はあちこちで沢山の答えをくれている。それはちょっとした行動だったり、些細な言葉だったりするのだが、彼の思っていることが滲み出た彼らしい言動だ。名無しは政宗が今何をしたいのか、何を欲しているのか、側に仕える者としてそういう事をつぶさに見ていた。だから…

…だから、きっと今日も見つかる。今日はきっとあそこにいるはず…この季節になるといつもそうだもの。

名無しは空を見上げて深呼吸した後、

「よしっ、行こう!」

と一人掛け声をかけて、迷うことなく導き出された場所へと走っていった。


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あきゅろす。
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