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旧戦国
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「…っ!…くっ…ダメか…」

――はぁ、ヘマしちゃったな――

そう呟くと、名無しは夜空を見上げた。格子から覗く月は白く輝き、自分の情けない姿を浮き立たせる。彼女は縄で縛り上げられ、あちこちに血が滲んでいた。

名無しは紀州雑賀衆の一人である。今回の戦では、頭領を逃がすために何人かの仲間と共に、囮になったのだった。

――それがこのザマ、か…これじゃまたアイツに怒られちゃうな。ま、生きて帰れたらの話だけど――

名無しは、ふと浮かんだ顔を思い出し、苦笑を漏らす。無精髭と無造作に結い上げられた髪の幼馴染み。今はもう、昔のようにふざけ合うこともなくなってしまった人…。こんな状況でまだ笑えるなんて、名無しは不思議な気分だった。

――さて、真面目にこの状況をなんとかしなきゃね――

名無しは痛みをこらえ、縄から抜け出せないものかともがく。しかしきつく締め付けるそれは、一向に緩まる気配はなかった。擦れた皮膚が赤くなり、痛々しい。

「…やっぱり、ここまでなのかな…」

こんな状況で女が捕らえられ、利用価値がないと分かれば、後のことは目に見えている。殺されるならまだマシだ。きっと…自分は男たちの慰み者にされるだろう。それだけは絶対にイヤだ。それなら、いっそのこと…

――アイツは…孫市はちゃんと逃げられたかな?最後に『死ぬな!生きて…』…って言ってたけど、その先は何が言いたかったんだろう?――

名無しはため息を吐くと、首を振った。そんなこと、今更考えても仕方ない。私は捕らえられ、そして行く末は地獄だ。同じ堕ちるなら、辱めを受けて堕ちるより、自らで堕ちる方がいい。

名無しがぼんやりそんなことを考えていると、外が騒がしくなった。もう兵士達がやってきたのであろうか。それにしてはおかしな雰囲気だが…。

「まぁ、もう私には関係ないか…」

そう言うと、名無しは再び空を見た。相変わらず、月は静かに彼女を照らす。

「ねぇ、お月様。私これから見苦しい姿になるからさ、あんまり照らさないでほしいな。それと…」

そこで名無しは一旦言葉を切る。先ほどの騒ぎは収まったようだ。彼女は薄く微笑みを浮かべ、言葉を続けた。

「もしも…多分ないと思うけど、万が一、アイツが…孫市がここにくることがあるなら、どうか私の姿が見えないように、私を闇で包んでほしい。彼が私の姿を見て傷つかないように…孫市は優しいから、私みたいなのが死んだって、きっと責任を感じてしまうから。私のせいでそんなふうになる彼を見たくないの。孫市には、生きて笑っていてほしいから。だから、私の死を隠してほしいの」


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あきゅろす。
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