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旧戦国
5

名無しは何も言わず、その銃身を手にした。本当に奇跡的に、それは無傷のままで光を放っていた。名無しは昔、孫市が言っていた言葉を思い出す。

『俺がこの銃を手放すときは、雑賀の人間を辞める時か、死んだ時かのどっちかだな』

彼が雑賀の人達を捨てることなんて、絶対に、ない。

名無しは知っていた。孫市は口では色々言ったって、仲間を裏切ることの出来ない人だと。そんなことをすれば、彼は自分を許せなくなってしまう人だと。

「…前田様…」

慶次に背を向け、名無しは孫市の銃を抱き締めた。

「どうした、名無し?」

「…すいません、少しだけ…少しの間だけ、私を見ないでいて下さいませんか?ほんの少しでいい、私を一人にして下さい…」

「…解った」

慶次は小さな背中にそう告げると、ゆっくりとその場を離れた。名無しは震える指で銃身をそっと撫で、少しだけ泣いた。孫市が雑賀を出た時から覚悟はしていたが、それでも想いが溢れる。名無しの腕に抱かれ涙で濡れた銃身は、優しく光り、彼女を照らしていた。まるで、愛しい人を抱くかのように。

名無しから少し離れた慶次は、近くの石段に腰を下ろし、空を見上げていた。

…おい、孫市。アンタ、女を泣かせるなんてらしくないじゃないか。まして愛した女を泣かせるなんて、な…

空はなにも言わなかった。ただ慶次は、孫市の困ったような笑顔を思い出し、溜め息を吐いた。

「前田様、すいませんでした」

暫くして、名無しは慶次のもとへ戻った。

「かまわんさ。大丈夫かい?」

少し赤い眼をした彼女に、慶次は労わるように尋ねる。

「…はい。あの、一つ聞いてもいいですか?」

「なんだい?」

「孫市は…前田様が最後に会った“雑賀孫市”は、どんな顔をしていましたか?」

名無しは慶次を見つめ、そう聞いた。

「…いい顔してたぜ?一人の人間として、男として、本当にいい顔だった。それに、今までで一番強かった」

「…そうでしたか」

慶次の嘘偽りのない言葉に、名無しは穏やかに微笑む。それは暖かい光のような、とても綺麗な笑顔だと、慶次は思った。

その後、名無しは一人の男児を産んだ。その子は成長した後、伊達家に渡り、騎馬鉄砲の技術を伝えた。そして徳川に移り、父の名を後世にまで残した。その手には、いつも父の形見があったという。

母のその後は、杳として知れない。息子の成長を見届けた後、安らかに息を引き取ったとも、米沢に移り住み、一人の――かつて傾奇者と呼ばれた――僧の下へ身を寄せたとも、言われている。


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あきゅろす。
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