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旧戦国
3

「…どういうことだ?」

「そういうことよ」

孫市はわけが判らないといった顔をする。

「名無し。お前も子供じゃないんだから、ややがどうやったら出来るかぐらい解るだろ?」

「解ってるわ」

「じゃあ、ややは一人じゃ作れないって知ってるよな?で、お前は俺以外の奴とは寝てないんなら、名無しの腹にいる子は俺の子でもあるわけだ、違うか?」

孫市は子供に言い聞かせるように私に話した。

「じゃあ言い換える。これは私が惚れた“雑賀孫市”の子供なの。だから、この子は私一人で育てるわ」

私は笑顔で、でもきっぱりと言い切った。孫市は暫く私を見つめていたが、ふぅ、っと息を零すと私の腕をとり抱き寄せる。そして耳元で小さな子を諭すように、最後は懇願するように囁いた。

「俺の名無し姫は何がご不満なのかな?…名無し、子供には父親だって必要だぜ?それにお前が惚れた“雑賀孫市”はちゃんといるだろ?俺という父親がいるのにそんな寂しいこと言わないでくれ…」

私は孫市の胸に手を当て、ぐっと彼を押し返した。

「確かに、私の中にいる子は孫市の血をひいてるわ。それは認める。でも、私は今の貴方を父親だとは言う気はない」

「…何故だ?」

「だって、抜け殻なんだもの」

孫市の顔が困惑と微かな怒りで青ざめる。

「…どういう意味だ?俺は俺だ。そんな死人みたいな言われ方、される覚えはないな」

「違うの?孫市はちゃんと、生きてるの?」

「当たり前だ。でなきゃ昨晩名無しを抱いたりできないだろ?」

孫市はそう言うと、また私を抱き寄せて、布団の上に押し倒した。そのまま降りてくる顔を見つめ、私は静かに彼に告げる。

「…ダメよ、孫市。そんな上っ面な言葉ばかりじゃ、貴方は本当に駄目になる。何も映してない瞳で見られたって、私も子供も悲しいだけよ」

「…!」

孫市は息を止め何も言わず、ただ色のない瞳で私を見ていた。

「今までもこれからも、孫市は思うようにやりなさい」

「…やってるさ」

「じゃあ何でそんな顔するの?何もかも諦めて、孫市を信じ、その想いを孫市に託して散っていった魂たちを置き去りにして、何もかもなかったことにするの?貴方はそれでいいの?本当はやりたい事があるんでしょう?そしてそれは、孫市にしか出来ない事だったはずよ」

私の言葉を、孫市は血の気の失せた顔で聞く。そして震える唇で、搾り出すように呟いた。

「…俺は…雑賀の頭目だ…」

「頭目である前に、一人の人間としてどうあるべきか考えて。今の孫市じゃ、雑賀の者は誰もついてはいかないわ。貴方は自らで道を切り拓く力を誰よりも持っている。それを思い出して」

「…俺が…やりたかったこと…」

彼は起き上がり、自分の手を見つめる。私はその背中を抱きしめた。

「“雑賀孫市”が“雑賀孫市”であった頃を思い出して。たとえ全ての人が敵になっても、私は孫市の味方よ。貴方の背中は私が守るわ…」

何も言わず、私達は暫くそのままでいた。とくん、と響く心音が、二つ重なった時、孫市は一言、

「ありがとう」

と呟くと、部屋を出ていった。そして翌朝、彼は雑賀の地を後にした。

数日後、安土で織田信長が討たれたと聞き、私はここに来た。この、安土城があった場所に。


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