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旧戦国
1

盆の上に湯飲みを二つ乗せ、茶請けには美味しいと評判の団子を添えて。

――さてさて、後は彼女をどうやって敵から奪うか、だな。

屋敷の廊下を歩きながら、孫市は考えていた。目的の部屋の前までくると、孫市は一旦足を止め一つ深呼吸して中に入った。部屋には一人の女性がいた。彼女は周りに本を積み上げ、明るい窓際に陣取って読書に没頭している。

「おい、名無し。ちょっと休憩しないか?」

「…うん…」

さっきからずっとこんな調子だ。名無しと呼ばれた彼女は孫市には目もくれず、朝から本に噛りついていた。

「ここに置いておくからな」

「…んー…」

孫市は溜息を吐き、机に盆を置くとごろりと横になる。

…まったく、俺が名無しを手に入れるのにあれだけ苦労したのに、お前らは簡単に彼女を虜にするんだな…。

手近な本を手に取り、孫市は憎まれ口を浮かべた。本を相手に嫉妬なんてみっともないが、自分はマイペースな彼女を振り向かせる為に多大な努力を要したのだ。なのに、たった一冊の本にいとも簡単に名無しを盗られた事が悔しくてならない。

…しかし…こうやって見ると、また違う感じがするんだな…。

ふと彼女に視線を移す。柔らかな光の下、本を読む真剣な顔は今までのどの表情とも違っていた。頁をめくる指は白く、色気さえ感じる。

「…面白いか?」

「…うん…」

「…イマイチな天気だな」

「…うん…」

「…」

今日は雲一つない快晴だ。やっぱり人の話が聞こえてないらしい。たまの休みなのにこんな風に時が経つなんて、孫市は面白くない。ふて寝でもしようかと思った時、彼の悪戯心が目を覚ました。孫市の顔に何かを企んだ笑顔が広がる。

「なぁ、名無し」

「…ん…」

「お前が欲しい」

「…うん…」

「今すぐに」

「…うん…」

「…いいのか?」

「…うん…」

ニヤリ、と孫市は笑い、自分の勝利を確信した。そろそろと名無しに忍び寄る。そして彼女の腰に腕を廻し手から本を取り上げた。

「…っ!ちょっと、何するの!」

驚いた名無しは声を上げる。本を取り返そうと腕を伸ばすが、孫市は本を遠くへやって、空いた手で瑠璃の腕を掴み手首に接吻した。

「!」

「俺は名無しにちゃんと許可は取ったぜ?」

耳元で甘く囁くと、彼女は小さく震え、顔を真っ赤にさせる。その反応が可愛くて、耳を甘噛みした。

「んっ!…そっ、そんなこと、聞いてないっ!」

「さっき聞いたろ?『今すぐに名無しが欲しい、いいか?』って。そしたら『うん』って言ったじゃないか」

名無しは先程の事を思い出す。確かに本を読んでる時に孫市と会話した気もするが…。

「…、そんなの記憶に…!」

抗議しようと首を後ろに向けた名無しだが、その唇は孫市のそれに塞がれた。

「んっ…んんっ!」


逃げようにも後頭部に手を添えられて逃げられない。やがて圧倒的な熱に侵され、気付いたら名無しは押し倒されていた。潤んだ瞳で孫市を睨むと、彼も熱の篭った視線で名無しを見つめている。それが恥ずかしくて瞳を反らすと、孫市が囁いた。

「そんな可愛い顔されたら、もう止められないぜ?」

そう言うと、再び名無しに口付けを落とす。

机に置かれた湯飲みは、甘い二人に熱を奪われたように、ゆっくり冷えていった。



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あきゅろす。
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