旧戦国 4 名無しは客間で待ちぼうけを食わされていた成実に挨拶した後、酒等を持って再び主の部屋に戻った。と、何やら騒がしい。いや、先程から騒がしいのだが、更に輪を掛けて煩いのだ。何事かと思いつつ名無しは部屋の障子を開けた。 「失礼…」 …? ヒラリ、と一枚の書簡が名無しの目前に落ちる。 「…幸村…テメェのお館様とやらは、雑賀衆に…俺に喧嘩を売ってんのか?」 「アンタ、主が恋敵とは大変だなぁ。でもこればっかりは俺も認められんな」 「幸村ぁ!主共々ふざけたヤツじゃ!」 「わ、私とて、例えお館様であろうと名無し殿は譲れませぬ!」 名無しは目の前に落ちた書簡を手にした。それは幸村の主・信玄がしたためた物で、そこには『名無しを是非武田に』と書かれてあった。彼女は驚いて目を見開く。 「あ、ちょっ…」 名無しは四人の男達に話を聞こうとしたが、彼等は大騒ぎして名無しの存在に気付かない。そのうち座布団の投げ合いになった。 「あのっ…若…け…きゃぁっ!」 止めようとした名無しだったが、なんと誰かが投げた座布団が、彼女の顔目掛けて飛んで来たのだ。辛うじて手で避けたが、それは名無しだからできたことだろう。 「…っ!!」 「だっ、大丈夫か?」 「名無しっ!怪我は?」 四人の男達が一斉に手を止め名無しを見る。彼女は暫く俯いていたが、やがて立ち上がりスタスタと何処かへ行ってしまった。 「大丈夫なのか?」 「お前のせいだろ」 「私のせいではない!」 「儂も悪くない!」 大の男が額を突き合わせてヒソヒソ話していると、名無しが戻ってきた。一同が振り返る。 「「「名無し…っ!?」」」 そこにはニッコリと、それはもう怖いぐらいにニッコリと微笑んだ名無しが…手に彼女の愛銃を握り締め立っていたのだ。 「ちょっ、待て!」 「話せば分かる!」 「お、落ち着いて!」 「そんなもの危ないぞ!」 口々に言う男達を笑顔で一瞥した後、名無しはゆっくり銃を構えた。 「問答無用っ!!アンタ達、そこへ直りなさいっっ!!」 平和な空の下、名無しの怒鳴り声と一発の銃声が響き渡った。 『またやったのか、若達…』 家人はもはや気にもしない。 その後、寒い廊下に正座させられた猛者達を見て、雑賀の人間で決して怒らせてはいけない人物の名――名無し――が、全国に真しやかに伝えられたという。 [*前へ] |