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旧KYO
貴方の香りに包まれて(灯→ゆや←狂)

「ゆやちゃんって、ホントお肌キレイよね〜」

いつものように酒を飲み始めた漢達を余所に、灯がゆやの頬をつついた。当然、周囲の者は一様に不機嫌な気配を漂わす。そうとは知らず、風呂上りに縁側で涼んでいたゆやは、

「そんなことありませんよ、灯さんの方が綺麗じゃないですか!」

と、愛らしく首を傾げながら灯を見て微笑んだ。本来ならば、男に対して『肌がきれい』などという誉め言葉はあまり使わないが、相手はあの灯である。本人も

「いや〜ん、ゆやちゃんってば可愛いんだから、もう!」

と、満更ではない様子だ。どさくさに紛れてゆやに抱きつき、漢達の殺気を一身に浴びても、『(今は)女』である『役得』だからと見向きもしない。

「そうだ、いつも頑張っているゆやちゃんにあげたい物があるの」

そう言いながら灯は自分の荷物の方へ行くと、何やら手に持ってゆやの元へ戻ってきた。

「ねぇ、なにしてんの?」

「そうですよ、灯。また何か企んでいるでしょう?」

ゆやを取り返そうと、珍しく共闘することにしたほたるとアキラが近寄ってきたが、

「失礼ね〜、男のアンタ達には用のない物よ。さ、ゆやちゃん。コイツら邪魔だからゆやちゃんの部屋に行きましょ」

そういって、灯はゆやを連れ出しさっさと部屋を移って行った。

部屋に入ると灯はなにやら準備を始めた。暫くすると部屋に良い香りが漂い始める。

「これって…もしかして、灯さんの?」

先ほど抱きしめられた時に感じたものと同じだと気づいたゆやが尋ねた。

「そう、私が持ってる匂い袋と同じ香りよ。本当は匂い袋をあげたかったんだけど、いいのがなくって」

気に入ってもらえた?という風に、灯はゆやの顔を覗き込む。

「とってもいい香り!なんだか落ち着く感じがして…私、この匂い大好きです」

ゆやはにっこりと微笑み返した。その表情に満足した灯は

「今日はまだあるのよ」

といって、ゆやを鏡の前に座らせた。

「えっ?なんですか?」

不思議そうに首を傾げるゆやを、鏡越しに見て灯は言った。

「ゆやちゃんはたしかにお肌はきれいなんだけど、今は唇が少し荒れているようね」

「あ…解ります?」

鏡越しに照れたように言う少女に

「そりゃ、これだけ近くで見たらね」

苦笑しながら灯が言った。

「そのままじゃ痛いでしょ?だから、これ」

そういうと、灯は小さな陶器の入れ物を差し出した。

「これは…?」

ゆやはそれがなんなのか解らず、灯を見る。

「これは保湿のできる軟膏でね、口に入っても大丈夫だから唇にも使えるのよ。色も付いてないし甘い香りだから、ゆやちゃんにはぴったりだと思うのよね〜」

今焚いている香もいいけど、こっちの方がゆやちゃんらしいしこれをあげる、という灯に、

「でも…いいんですか?」

ゆやは戸惑い、その容器と灯の顔を見た。

「いいのよ、いつもお世話になっているゆやちゃんへのささやかなお礼だから気にしないで。ほら、塗ってあげるからちょっとこっち向いて」

有無を言わさずといった感じでゆやの顎に手をかけると、灯は指で軟膏を掬い、そっと彼女の唇をなぞって行った。頬を桜色に染めて恥ずかしそうに目を瞑る姿に一瞬グラリときたものの、押し留まって作業を進める。

「…はい、できた!どう?ゆやちゃん」

おそるおそる目を開くと、ゆやは鏡の中の自分を見た。

「…すごい!」

瑞々しい果実のような輝きを取り戻した自分の口元に目を見張る。

「何回か使っていれば荒れはすぐよくなると思うわ」

そう言って、灯は白磁の小さな容器をゆやの手に乗せた。

漢達の部屋では、女を侍らせての宴会が始まっていた。もちろん、全ての者がゆやの部屋に意識を飛ばし、何かあればいつでも動けるようにはしていたが。

「なぁ、狂よ」

珍しく、一人で部屋の隅で飲んでいた漢に梵天丸は声を掛けた。狂と呼ばれた漢は、視線だけを彼に向ける。

「灯の野郎、ずいぶんと遅いんじゃねぇか?あいつ、ゆやちゃんと何してやがるんだろうな」

何気ない素振りの問い掛けだったが、狂の視線は不愉快そうな色に変わった。梵天丸は苦笑いすると、

「まぁ、あいつがゆやちゃんをどうにかしようとするなんて考えられないけどな」

なんせお前が一番らしいからよぉ、とニヤニヤ笑いながら、宴の中心に戻っていった。

それから暫く、狂はその場で飲んでいたが、やがて徳利を手に部屋を出て行ってしまった。

梵天丸は、世話の焼けるやつだ、と苦笑気味にそう呟くと、その後ろ姿を見送った。

ゆやの部屋では相変わらず灯とゆやが他愛もない話を続けていたが、

「…さて、私はそろそろ向こうの部屋に戻った方がよさそうね」

という灯の一言で二人の話はお終いになった。

「そうですか…」

少し残念そうに呟くゆやに、

「ほら、灯ちゃんがいないと向こうも盛り上がらないみたいだし?」

と、名残惜しそうに笑ってゆやの頭を撫でる。

「ふふっ、そうですね。あの…これ、ありがとうございました」

大事そうに手に持っている物を見て礼を言う姿に目を細め、灯は、おやすみ、と言うと部屋を出た。

部屋を出た灯は、ゆやの姿が見えなくなったのを確認し、廊下の人物に声を掛けた。

「あら、狂じゃないの。こんな所で一人で飲んでるなんて、もしかして灯ちゃんのこと迎えにきてくれたのかしら?」

不機嫌さを隠そうともしない相手に、悪戯っぽく灯は笑う。

「向こうは煩くて静かに飲めねぇんだよ」

そんな灯に狂は鋭い視線を投げつけた。

「狂ったら怖いんだからぁ。そんなに睨まなくってもすぐ向こうに行くってば」

灯はそういうと、去り際に彼の耳元で

「そんな殺気出してたら、ゆやちゃんに嫌われるわよ」

と囁き、じゃあね〜、と手を振って自分達の部屋に戻っていった。

「…チッ」

狂は灯の楽しげな後ろ姿を見送ると持っていた徳利を仰いだ。

その頃、寝ようとしていたゆやは、外から聞こえてきた人の声に障子を開けた。

「…灯…さん?」

すでに灯の姿はなかったが、気になったゆやは声の聞こえた方に歩いていく。

「…っ、狂!?」

部屋からは死角になっている場所にいた狂に、ゆやは驚いて声を上げた。

「もう、びっくりさせないでよね!」

「てめぇが勝手に驚いているだけだろうが」

「そっ、そりゃそうだけど…」

ゆやは狂から僅かに発せられる不機嫌な気配を感じ取ったが、彼が不機嫌そうなのはいつもの事なので気にせずに隣に座った。

「星がキレイに見えるわね〜、これなら明日も晴れそう…って、なんでこんな所で飲んでるの?珍しいじゃない、狂が一人でいるなんて。いつもは女の人といるのに」

僅かに皮肉を込めて尋ねるゆやに

「俺様がどこで何をしようと勝手だろうが。だいたい、チンクシャのくせに嫉妬なんて似合わねぇんだよ」

と、不敵に笑いながら狂は返す。

「なっ、嫉妬なんかしてないわよ!!」

ゆやは顔を赤くしながら怒ったように言い、プイッ、と向こうを向いてしまった。だが次の瞬間…空気が揺れたかと思うと、ゆやは背中に暖かいものを感じていた。

「フン、チンクシャが色気づきやがって」

「〜〜〜っっっ!!なっ、なにすんのよ〜っ!!離せぇぇ〜っ!!!」

後ろから狂に抱きすくめられたゆやは、ジタバタと暴れた。だが、狂はそんなことはお構いなしに更に腕に力を込め、すっぽりと彼女を囲んでしまう。ゆやは抜け出そうともがいていたが、やがて無駄だと諦めたらしく大人しくなった。

「……ねぇ、なんなのよ?どうしたの、狂?」

しかし狂は問い掛けには答えない。

「ねぇってば、聞いてるの?」

「…うるせぇ」

狂は呟くようにそういうと、ゆやのおしゃべりな唇を、自身のそれで塞いだ。

「…っ!!」

驚いた彼女は顔を背けて逃げようとするが、強い口付けはそれを許さず、やがてその唇に乗った甘さと共に溶けるように、ゆやはその身を狂に委ねていた。

「…甘ぇ。まぁ、こっちのは悪くねぇけどな」

ようやくゆやを解放した狂は、彼女に囁く。

「…こっち、って…?」

痺れるような余韻を引きずりながら、耳元で囁かれた声にゆや震えた。こんな時、彼女はいつも思う。狂はズルイ。こんな風にされたら何にも出来なくなるじゃない…。

狂はそんなゆやを暫く抱きしめていたが、ふっ、と我に返るといつもの笑みでこう返した。

「チンクシャにこんな匂いは似合わねぇな。そんな処で色気づくよりこっちをもっと成長させたらどうだ?」

そう言いながら手を彼女の胸に伸ばし、いつものように揉み始めた。

「…っっ!なっ、何するのよ、このエロ魔人っ!!!」

「この俺が育つように協力してやってるんじゃねぇか、ありがたく思え」

「そんな協力いら〜ん!!…うわっ、酒臭い上に煙草臭いっ!ちょっと狂!せっかく灯さんに焚いて貰ったお香の香りが消えちゃったじゃないの〜!!」

ようやく狂の腕から逃れられたゆやは、自分の体の匂いがすっかり彼のものに置き換わってしまった事に抗議した。

「お前にはそれで十分だ。これからも勝手に変えんじゃねぇぞ」

そう言い放つと、狂は再び徳利に口を付ける。

「はぁ!?アンタ何いってんの?訳わかんない!私、もう寝るからねっ!!」

ゆやは怒り心頭気味にそういうと、ドカドカと部屋へ戻ろうとした。

「あぁ、口元のはよかったぜ。あれならまた食ってやる」

そんなゆやの背中に狂がからかうようにそう言葉をかける。ゆやは真っ赤になって

「い〜〜っだ!!」

と子供のように言って走っていってしまった。

…千人斬りの鬼が、ざまぁねぇな。

そう思いつつ、楽しそうに徳利を空けると、ようやく狂は自分の部屋に戻っていった。

――まったく、世話の焼ける人たちね――

灯は戻ってきた狂の、先ほどとは比べ物にならない雰囲気に、そっと苦笑した。そして、楽しかったしいいか、とゆやとの会話を思い出し、仕掛けが上手く行っていることに一人ほくそ笑んだ。

そう、それは香を焚いた事により部屋についた残り香が、眠っている間にゆやに移り、翌朝それに気づいた狂が再び不機嫌になるという、灯らしい悪戯だったのだ。

――だってそうでしょ?ゆやちゃんを独り占めにしたいのは、狂だけじゃないんだもの、ね――



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