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旧KYO
螢火(梵&ゆや)


ふわり、ふわり
ほのかな光が
ふわり、ふわり
点いては消え、消えては点いて

ふわり、ふわり
熱を持たないその光は
ふわり、ふわり
確かな熱を心に運ぶ
此岸と彼岸の狭間を漂い
時に優しく
時に熱く
人々の心に光を灯す

ふわり、ふわり
ほのかな光が
ふわり、ふわり
点いては消え、消えては点いて…



今日も繰り広げられる酒宴の席の端で、少女はそわそわと空を見上げる。曇ってはいたが日中降っていた雨も止んでいて、まさにおあつらえ向きの気候だ。少女は計画を実行に移すため、酒を注文しに行く振りをして部屋を抜け出した。

その少し後。

「なぁ、ゆやちゃんちょっと遅くねぇか?」

宴会の席の中、隻眼の漢が赤眼の漢に言った。

「…だからなんなんだ」

先程から少女の身を案じて苛々とした空気を発していた割には、赤眼の漢は冷たい言葉を投げつける。

「相変わらず素直じゃねぇなぁ」

隻眼の漢は苦笑した。

少女のことだからきっと旅籠の人間と話でもしているのだろうが、やはり心配である。彼女は回りの男の目を引く程の魅力を持つのだが、本人に全く自覚がない。特に酔っ払いの多くなる時間なため、娘のように可愛がっている隻眼の漢は気がかりなのだ。

結局彼は、厠に行く、と言い残し、少女を探しに出た。


一方少女は。

「そこ、どいてほしいんですけど」

「まぁまぁ、姉さんもあっちで一杯付き合えよ」

「…お断りしますっ!」

隻眼の漢の心配通り、酔っ払いに囲まれていた。今回の連中はかなりしつこいようで、どんなにゆやが睨みを利かせても、ヘラヘラと笑って引き下がろうとしない。

ゆやは賞金稼ぎを生業としていたので、本来ならばこんな奴等はすぐに片付けられた。しかし旅籠の廊下で素人相手に大立ち回りするわけにもいかず、かといってそろそろ我慢も限界にきていたために、どうしたものかと思案していた。

「…っ!?ちょっと、何するのよ!!」

「まぁ一晩ぐらい俺らに付き合ってくれてもいいだろ?」

だが隙をついて一人の男がいきなり腰に手を回したため、少女はついに短筒に手を掛けようとした。その時…

「おい、俺に連れになんか用か?」

頭上から聞こえた声に、少女が振り向いた。

「梵天丸さん!」

梵天丸と呼ばれた隻眼の漢は、少女を取り囲む酔っ払いを睨みつける。

「用があるなら俺が承るぜ?」

酔っ払いの男達は突然現れた巨体の漢の睨みに怖気づき、何かモゴモゴ呟くと、逃げるように去っていった。

「…ありがとうございました、梵天丸さん!」

少女はぴょこん、と可愛らしく頭を下げた。

「大丈夫だったか?ゆやちゃん」

「はい。危うく騒ぎを大きくするところだったんで助かりました」

ゆやと呼ばれた少女は、にっこりと微笑む。

「まぁ、なんともなくて良かったな」

梵天丸も安心したように笑った。

「ところで、ゆやちゃん。こんな時間に何処行こうってんだ?」

梵天丸は、玄関近くにいたゆやにそう尋ねた。酒を注文するだけならこんな所にくる必要はない。それに、夕方から空を見上げてそわそわしていた彼女を思い出したのだ。もしかしたらと思い聞いてみたら、ゆやはあっさり白状した。

「やっぱり、バレちゃいました?実は近くの川に螢がいるらしいんで、ちょっと見たいなぁ、と思って」

なんだ、そういうことか、と梵天丸は納得した。

「だが、こんな暗い夜道、ゆやちゃん一人とは危ねぇな」

さっきあんな場面に出くわしたばかりだ。梵天丸としては、やはり一人で行かせるのは了承しかねる。

「…ホントは誰かに声を掛けようかと思ったんですけど…」

アイツはこう言う、誰それには頼み難い等と困ったようにいうゆやに、梵天丸は思わず苦笑した。

「ゆやちゃんの頼みなら皆行ってくれると思うぜ?なんなら、俺がついて行こうか?」

「えっ、いいんですか?」

ゆやは嬉しそうに瞳を輝かせた。そんな表情に梵天丸も頬が緩む。

「あぁ、ちょうど外の空気も吸いたかったしな」

そう言うと、彼は顎を撫でながらゆやに笑いかけた。

「提灯、借りてきてよかったですね!」

「だろう?」

暗い夜道、他愛もない話を楽しそうにしながら歩く二人の姿は、仲の良い親子のようである。ゆやはこの漢の、大きくて暖かな空気が好きなのだ。父親のいないゆやは、梵天丸にその姿を重ね、なにかと頼っていた。彼もそれを感じ取り、できる限り少女の話を聞いていた。時に周りの漢達の嫉妬に悩むが、ゆやの嬉しそうな顔を見ると、それだけで癒される。娘を持つとこうなるのか、と思ったが、悪い気はしなかった。

灯りを頼りにもう暫く歩いていくと、渓流に行き当たった。

「…多分、この辺りだと思うんですけど…」

そう言いながら、ゆやは周囲を見る。

「じゃあ、提灯は消すか」

梵天丸は提灯のろうそくを吹き消した。とたんに暗闇が身体を包む。雲が切れ、星が空を彩っていたが、月は地平に隠れているようだった。さわさわと、清流の音が心地よい。そんな時。

「…わぁ、いた!」

ゆやが感嘆の声を上げた。見れば淡い光が、ぽぅ、ぽぅ、と点滅しながら飛んでいた。夜露に濡れた草の上で光るものもいる。

時期が少し遅かったのか、乱舞とまではいかないものの、それはそれで幻想的な風景だった。しばしの間、二人は無言で見惚れていた。ふいに、一匹の螢がゆやに近づく。その髪や瞳、儚い命が照らし出す少女の横顔は、神々しいまでの美しさで、梵天丸は眼を見張った。こりゃ他の漢達が見たら螢どころじゃないな、などと考えていると、ゆやの手に螢が降りた。

「螢の光って、熱くないんですよね」

手の中で発光しているのを見ながら、ゆやが言った。ふと、梵天丸に遠い記憶が蘇える。どこかで聴いた、伝説の話。

「…だよ」

「えっ?」

梵天丸の呟きに、ゆやが振り返った。

「螢の光は、死んだ人間の魂が宿っているから熱くないってことだぜ」

「…たま…しい?」

「あぁ。この世に想いを残して死んだ人間の魂が光ってるって伝説があるんだよ、螢にはな」

彼は対岸に飛んでいく螢を見ながらそう話した。

「魂…ですか…」

ゆやは、手の中の螢を見つめ、囁くように言う。

「そいつは、ゆやちゃんの兄様ってやつかもしれねーな」

梵天丸は、小さな虫を愛しげに見るゆやに、そう投げかけた。少女は驚いたように顔を上げる。

「兄…様…?」

「そいつは迷わずゆやちゃんとこにきただろう?だから、さ」

梵天丸の言葉に、ゆやは手の中の小さな命をじっと見つめた。

「…兄は…何か思い残したことがあったんでしょうか?」

暫く螢を見ていたゆやは、その瞳に困惑の色を浮かべ梵天丸に言った。

「ゆやちゃんはどう思うんだ?」

梵天丸は逆に問い返す。いつの間にか彼の側にも螢が飛んでいる。

「…解りません…でも…無念だったんじゃないでしょうか」

「無念?」

「だってあんな風に殺されたんですよ!それが普通じゃないですか!?」

眉を寄せ悲しげに声を荒げたゆやは、俯いて唇を噛んだ。

「…今のその顔、兄さんが見たらどう思うだろうな」

ゆやが落ち着きを取り戻すまで黙っていた梵天丸が言った。

「…」

「眉間に皺ができるぜ?」

「…っ!」

顔を赤くして眉間に手を当てる少女を見て、梵天丸はガハハ、と笑う。

「もぅ、真面目にやって下さい」

怒るゆやに梵天丸は、悪ぃ悪ぃ、と笑った。そんな彼を見て、ゆやもいつしか笑っている。

「…それだよ」

いつもの笑みを浮かべた彼女に、梵天丸は言った。何のことか解らず戸惑うゆやに、梵天丸は静かに話し始めた。

「そりゃいきなり殺されたら無念だろうよ。相手を恨むかもしれない。だが俺は、ゆやちゃんの兄さんとやらが想いを残したとしたら、そんなもんじゃないと思うぜ」

ゆやは黙って梵天丸を見た。手にいた螢はいつの間にか二人の周りを飛んでいる。

「俺はゆやちゃんの兄様じゃないし本当のところは解んねぇが、大切な人の心を自ら傷つけてしまう辛さぐらいは知っているつもりだ。ゆやちゃんの兄さんは、最愛の妹の目前で殺された…その行為がどれだけ相手の心を傷つけるか、大切な人がいる人間なら解る筈だ。そして彼はそれを知っていたから、死に逝く間際にも願ったんじゃねえか…例え自分がいなくても、愛するアンタには笑っていてほしいと。せめて、幸せでいて欲しいと…だから、もし兄さんが想いを残しているとすれば、それはゆやちゃんへの愛情だと、俺は思う」

静かに聞いていたゆやの頬に、雫が一つ、二つと伝っていった。梵天丸は彼女の頭を優しく撫でてやる。

「俺はゆやちゃんに、敵討ちは止めろとか、そんなことを言う気はさらさらない。それは自分で決めることだと思うしな。ただ、兄さんと同じように、ゆやちゃんには幸せになって欲しいと思ってるんだぜ?」

心中で、それがあの鬼眼とならもっといいが、と思いながら、梵天丸は少女の肩を軽く抱いてやった。肩を震わせ泣くゆやは、とても小さく、こんな姿連中に見られたら殺されるなぁと思いながらも、彼女の気がすむまでそうしてやっていた。少しでも彼女の心が軽くなればいいと、そう祈りながら。

暫くして泣き止んだゆやは、バツが悪そうな顔で言った。

「す、すみません〜!私、メチャクチャ恥ずかしい…」

真っ赤な顔をして謝るゆやを、優しげな眼差しで梵天丸は見る。

「いいってことよ。それより…」

頬を掻きながら梵天丸は言葉を濁した。

「それより?」

不思議そうにゆやが尋ねる。

「いや、今日の事なんだがよぉ…螢のこと以外は秘密にしとかねぇか?」

「あ…そうですよね!泣いたなんてバレたらアイツらにバカにされますし…」

本当は自分の身に危険が及ぶからなのだが、そういうことにして黙っておいた。

「さて、そろそろ帰るか」

きっとあの赤い瞳の漢は痺れをきらせている頃だろう。

やれやれ、世話の焼ける奴だ、と梵天丸は内心苦笑しながらゆやを促した。

「はい!」

子供のように腕にじゃれつく彼女を見て梵天丸は

「俺もまだまだ捨てたもんじゃねぇな」

とニヤニヤ笑う。

「もぅ、そんなんじゃありません!」

そんなやり取りの後、二人は可笑しそうに笑った。ふと、ゆやが思い出したように言う。

「ふふふっ…あ!そういえば、梵天丸さんのところにも、螢、来てましたね。思い当たる人とかいるんですか?」

梵天丸は一瞬の間の後、

「そうだったか?まぁ、モテる漢は想われるのも仕事だからな」

と、いつものように豪快に笑った。ゆやも、そうなんですか?、と言ったきりその話題をあっさり放棄して、

「さ、早く帰りましょう、梵天丸さん!」

と、先に歩いて行ってしまった。

「おいおい、暗いし危ねぇぞ」

少女の背中に一声掛けた後、梵天丸は振り返り、闇を見つめる。

「すまねぇな、オヤジ。まだ天下は取れそうにないんだよ」

そう淡い光に呟きかけると、先に行ったゆやを追い、足早に帰路を辿っていった。

闇に溶けた彼の言葉の意味は、闇だけが知ることを許された。ただ彼は、僅かな心の揺れを見逃さず、彼に時間をくれた少女に感謝していた。



ふわり、ふわり
ほのかな光が
ふわり、ふわり
点いては消え、消えては点いて…



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あきゅろす。
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