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Please Execute Me,Skydiver(藤吹+茂)




爽やかな風が屋上を吹き抜ける。以前剣山に『十代のアニキのお気に入りの場所だったドン』と教えられた場所。日当たりも良くて、成程遊城十代が気に入るだけのことはあるなと思う。雲が分かるか分からないか微妙なくらいゆっくり流れる。しかし昼過ぎにこの陽気というのは――あまりにも。

「眠くなっちゃうよねー」

突如気の抜けた声が聞こえたかと思うと死角になっていた柱の影から、ぼてっ、と人が倒れてきた。どうやら先客が居たらしい。尤もその先客―――小柄な体型に折れそうなほど細い手足、よれよれのブルー制服を羽織ったぼさぼさ髪の彼はこちらの様子など気にしていないようで、ぼへーっと空を眺めて欠伸している。
「やあ、はじめまして。君は此処によく来るの?」
拒絶の気配は無かったため彼の近くに歩いていく。そうでもないかなー、と彼は寝返りを打つ。
「もけもけが来たがったからねー。ぼくも此処好きだからさ」
「もけもけ?」
「うん、もけもけ」
「もけもけ……」
彼の視線を追った先には先程まで気付かなかった水色の四角い精霊がふよふよと浮いていた。もけもけーっ、と自分の存在を主張するようにそいつは鳴く。
「驚いたな。まだ精霊が見える奴がアカデミアにいたなんて」
とは言ったものの別段意外でもないかと思い直す。遊城十代にヨハン・アンデルセン、万丈目準、そして自分。知っている限りでもこれだけ精霊の見える人間が居るのだから案外その存在は多いのかもしれない。
或いは―――アカデミアという場所が、そういった者を曳きつけるのか。
「そっかあ、きみにも見えるんだね」
そんなこちらの思考を知ってか知らずか、相変わらず呑気な笑顔で語りかける。心なしか嬉しそうにもけもけが羽を動かした。
「仲が良いんだね」
互いに通じ合っている様子の彼らを見て、無意識にぽつりと呟いた。こんなにのんびりとした空気は久しぶりな気がする。
「君は精霊と仲が良くないの?」
「……そういう訳じゃないよ」
ふとデッキに手をやれば現れる精霊。マスター、と親しみを込めて俺を呼ぶオネスト。
「家族……いや、保護者みたいなものだからな。僕の」
かつて自分がダークネスとの一体化を図り消えたときも只一人、俺を探してくれていたオネスト。
幼くして両親を亡くしたときだって、彼が傍にいてくれた。
そっかぁ、と平和そうに隣の少年は笑う。
その余りにも満たされたような笑顔に、俺は違和感を覚える。
否―――哀惜と言うべきか。
「君は……不安になることはないの?こんなのんびりしていて、いつか皆に忘れられちゃうんじゃないかって」
俺は不安で仕方なかった。
皆から忘れ去られてしまうのが怖くてどうしようもなくて。
だって、父さんも母さんも俺を残して死んでしまった。泣きわめく俺を忘れて二人で勝手に居なくなってしまった。
だから俺は―――あんな愚かな真似を。
ぎし、と唇を噛む俺の肩にオネストは優しく手をかける。ありがとうオネスト、でも赦されないほうがいい。赦されてしまわない内は、皆に憎まれている内は忘れられないでいられるから。
頼むから俺を憎んでいて。
お前の優しさは苦しい。

「もけもけが居るからねー。それに」
空をぼんやり眺めたまま少年は言う。

「それはそれで、そうなるものなら仕方ないよねー」

「………仕方ない、か」
ただの無気力、という訳ではないのだろう。それは遥か高みに居る者の諦めだ。初めから人の記憶なんてものに囚われていない。
俺には無理だ。他人の憎悪を望んでまで記憶に縋りたがる俺に、そんな生き方は。
精霊は確かに主を忘れないかもしれない。だがもし何かの拍子に精霊が消えてしまったら?カードが消滅してしまったら?また俺は一人になってしまう。
一人は嫌だ。
「……一人は……嫌だ」
『お母さん!お父さん!』
部屋の鍵を閉められて扉を叩く。外にいる筈の二人の救いを求めて。
『お母さん……お父、さん……っ』
暗闇が俺を蝕んでいく。ねえ、二人は僕を忘れてしまったの?どうして僕を一人ぼっちにするの?
『一人は……嫌だよ』
求めた掌は永遠に伸ばされることはなくなった。泣きじゃくることしかできない幼いままの自分に虫酸が走って。
それにさ、という少年の声が混濁する思考に反響した。
「君のお友達はちゃんと、君を覚えてるみたいだよ」

携帯の着信音で正気に戻る。まごうことなき、『彼』の為に設定した音楽だった。
「……もしもし、」
「もしもーしっ!藤原!今すぐ真上を見るんだ!」
「真上?」
高鳴る胸を抑えて出た電話の先の愛しいあいつの声が鼓膜を振動させる。恐る恐る見上げると先刻まで眺めていたのと逆方向の空からバラバラ音がした。音は次第に大きくなりやがて視界いっぱいヘリコプターが広がる。
「やっほー藤原!!遊びに来たよっ!」
耳元から、そして上空から元気な声が響く。突拍子もない行動に呆れるより先に嬉しさが込み上げてきた。
「……って、どわあぁっ!?」
格好つけて飛び降りようとしてバランスを崩した奴はそのまま俺の腕の中に飛び込んで来た。勿論受け止めきれる訳もなく、重なり合うように屋上に倒れる。
「痛たたたた……会って早々何すんだよ、ふぶ……」
「藤原!」
「あ?」
見れば満面の笑みを浮かべた奴が、大きく上空指さしていて。
「君の瞳に……何が見える?」
全くしょうがない奴だな、と思いながら俺は太陽より眩しいあいつに答えてやった。
「天!」
「ん〜――っJOIN!!!」
ぐっ、とポーズをキメたかと思うと俺に抱き着いてくる。会いたかったよ藤原!大好き!あんまり寂しくてボクは死んでしまいそうだったよ、まるで熱に浮された恋する兎のようだった!と聞いてるこっちが恥ずかしくなるような台詞がぽんぽん飛び出すものだから黙らせる意味で口を口で塞いだ。途端に赤くなる吹雪が可愛くて今度は俺から抱きしめる。そういえば人が居たんだっけと思い隣に目をやるものの彼は既に深い眠りに墜ちたようですやすやと安らかな寝息をたてていた。
いつの間にか精霊は姿を消していた。
「―――ってああ!?藤原何でキミ知らない男の子が隣に寝てるのさ!まさか下級生に手を出したのかい!?ひどいっ!ボクという者がありながらっ!!」
何をどう勘違いしたのかどすどす胸を叩き始めた吹雪を「俺が愛してるのは吹雪だけだよ」と宥めながら改めてその格好を眺める。
快晴の青によく映える、真っ白なウェディングドレスだった。















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シリアス……あるぇ?

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