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哀色コスモロジー(マさら+α)
上体を起こして反復する夢に希望等無かった。在る丈の血臭と怨咀に塗れた其れにそうと解っていながら溺れるのは、現実の状況よりは余程に受け入れられる物だからだ。今更失う事等、俺にはさしたる意味を持たなかった――それが単に、失うと云う丈の事ならば。
「マサムネ」
鈴を転がす様な声が其の名を呼ぶ。失われた筈の少女の身体が、仰向けに寝転ぶ俺の目の前に立って居た。白く細い腕には傷一つ見当たらない。まるで先日の争いが悪い夢でもあったかの様だ。しかし悪い夢と云うならば、此れこそが。
「・・・何で、お前」
飛び起きようとするも、外套を踏み付け仁王立ちして居る少女の所為でそれは敵わない――そう、目の前の少女は何故か今までの様にふわふわくるくると宇宙空間を泳ぐのではなく、二本の脚でしっかりと立って居た。からころ良く喋った口許も、呆ける様にぽかんと開けられた儘である。星の輝きを埋め込んだ両の瞳丈が其の儘、羽毛の軽さだった体は今や隕石の重さで俺を押さえ付ける。
「死んで、なかったのか」
「しんだ」
不思議な事でも聞いた様に、俺の言葉を繰り返す。「わたしは、死んだの?」
膝を折って四つ這いになったかと思うと其の儘俺の顔を覗き込んでくる。其の目に以前のような悪戯っぽい鋭さは微塵も無い。
「マサムネ?」
細く小さな身体に見合わない圧力が俺の心臓を締め付ける。何も見えない右目に、唐突に降る景色はあの時の。


「随分古典的なやり方なのね」
放たれた台詞まで、全く同じだった。しかし其のきらきらと輝く声音は何処か冷たく、硝子の風鈴の様に頭を刺した。
死んだ筈の少女――さらさと最初に逢った紺青より深い闇で、さらさと瓜二つの彼女は佇んで居た。くるくる、瞬く星座の間でゆっくり旋回し乍ら。自分の横で外套の袖を掴むさらさと彼女を、思わず見比べる。きょろきょろと辺りを見回す瞳の色迄そっくりだった。只、前に佇む彼女の方はさらさより蒼に近く、闇から浮き出て来た印象を与える。
「・・・どう云う事だ。お前は何者なんだ――こいつは」云って隣のさらさを見遣る。「死んだんじゃないのか」
「質問は一つずつにして、って云わなかった?何をそんなに急いてるのか知らないけどさ」
其れは・・・其の台詞は。
「私はさらさ。此処はあなたの望んだ世界。その娘は、死んだわ」
少女と同じ名を、彼女は名乗った。
「というか、私としてのその娘は死んだ、と云った方が正しいかな。私が死んでも代わりはいるの。私が死んで代わりの私が私になった。それ丈よ」
弄ぶが如く彼女はひらひら言葉を紡ぐ。先程から彼女が自身の記憶の如く話して居るのはしかし、少女――さらさと話した筈の内容だ。そのさらさは、俺の隣で未だ輝く星を不思議そうに数えて居ると云うのに。
「何故だ・・・死んだなら、何故こいつはこうして生きてる?其れにお前は何故其れを知ってる」
死んだ、のくだりでさらさは俺を振り返った。しんだの、と目をしばたいて首を傾げる。闇に浮かぶ彼女は其れを憐れむ様な、蔑む様な目で見る。
「だから。私はその娘なのよ。同じ、さらさ。さらさの記憶はさらさに引き継がれる。その娘はさらさとして禁忌を犯した・・・って云うと大袈裟だけれどもね。だからさらさとしての彼女は死んで、何でもない小娘としての彼女がそこにいるのよ」
彼女の言葉は冷たかったが、そこに悪意は無かった。宇宙と同じ色の瞳が、悪戯っぽく輝く。
「禁忌だと?」
「さらさの役目はあくまで願いを運ぶこと。一人の人間の為に神通力を使い、ましてや勝手に死ぬことなんて赦されてないわ・・・ああ、でも安心して。その娘が独断でやったことで、君を責めるつもりはないから」
云って、彼女は瞬きの一つに手を翳す。透ける様な肌が、銀の砂に微かに煌めく。
ならばこいつは、今俺の隣で呆けている少女は、俺の為に全てを失ったと、其れで尚生きていると――そう云うのか。
それは、あまりにも。
「ご都合主義って顔してるわね」
ふわり、と彼女はさらさの近くに舞い降りた。「でもその通りよ。この娘には最早何の力も記憶も無い。戻らない記憶喪失みたいなものね―――だから、あなたの好きにしていいのよ」
その銀の指をさらさの短冊に触れる。くすり、と笑った彼女をさらさは大きな両の瞳で見ていたが。

「わたしは記憶喪失より足結いが好き」

「――――――――!」
その言葉は以前の鈴の音で。
「・・・驚いた」
一瞬目を見開いた彼女の口許から余裕の表情が消えた。閃光と共に辺りの空間が歪み始める。さらさの小さな手はしっかりと、俺の手を握って居た。
「そんな慌てなくたって、別に取って喰いやしないわよ・・・でも、そうね。分かったわ。私がそうまでしてその人を護りたいのなら」
見えなくなる姿が、微かに苦笑した気がした。
「今回だけは、見逃してあげる」


「マサムネ」
背中に再び床の感触が戻る。覆いかぶさった儘のさらさの体重は少女の身体相応の其れに成って居た。だが、覗き込んでいた筈の瞳は。
「お前、それ、」
何も無い右目と向かい合った少女の瞳の片方――左目が、閉じた儘開かなかった。星を埋め込んだ右目と小さな口はぽかんと開いた儘、悪巫山戯をして居る様子は無い。本人丈が何が起きたかも解らぬ様にくりくりと左目を擦って居る。
「どうかしたの?」
「――――――いや、」
人間の小娘と同等の重さの少女を横に退けて起き上がる。代わりに俺の心臓には鉛の重さが圧し掛かった儘だ。力を失い、此れ以上さらさから奪う事は赦されない事だった。ならば俺がすべきは。
「さらさ、お前、何が欲しい」
何でも与えてやる、と思った。手に入らぬ物なら人から奪ってでも此の少女に差し出したかった。失われた記憶と左目の輝きが戻らないなら、吃度此の世の全てを懸けても足りないけれど。
首を傾げた少女は暫くきょとんと俺を見て居たが、軅てにっこりと笑って云った。

「金平糖」

あどけない笑顔に、今なら宇宙を滅ぼしても構わないと思った。
















哀色コスモロジー
(願わくば此れ以上何も望まぬ事を、)

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あきゅろす。
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