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スカイフィッシュにうってつけの日(零ぼく)


「きみのそれは傲慢だよ」

降り注ぐ酸が肌を溶かして非常に不愉快。傘なんて荷物になるもの、持ち歩いている訳もなく。だのにそいつは俺の目の前でビニール傘を差し出すでもなく突っ立っていて、俺も別段それを求めはしなかった。雷鳴は遠く、膜がかかったように曖昧で覇気がない。どろどろと澱のようなものが、腹の底で蠢くのがわかる。

「お前のそれが卑屈であるようにか」
「結果としては同じ事だけれどね。卑屈も傲慢も」
「そりゃ結果論で語ったらそうだろうよ。0も1になるくらいだ」
「1が0に、の間違いじゃないか?」
「だが現状、それは逆に見えるぜ」
「ん、ああ」

不意に傘の外に目を遣る。まるで、たった今雨の存在に気付いたとでも云うように。
「傘、嫌いかと思って」
云ってビニール傘をとじた。そのまま両端を持ったかと思うと、ぐにゃりと折り曲げて近くに投げ捨てた。無論酸は相変わらずべたべたと肌に纏わり付いている。奴の澱んだ瞳が更に濁る。

傲慢。
安っぽい(そして事実安い)欠陥製品にも簡単にへし折られてしまうビニール傘同様吐き捨てられた形容に、しかし俺は鏡像しか見ることはできなかった。目の前のこいつの死んだ魚の目がアスファルトを溶かしても、俺はきっとこいつの前に、背中合わせに映っていなければならないのだろう。そう思うと呆れたが、当の欠陥製品が平然と佇んでいるので追及するのは諦めてやれやれと大袈裟に肩を竦めた。目に入った水溜まり。俺の目はその泥と、きっと同じ色をしている。
にわか雨であったらすぐに青い青い空が顔を出して、この頭の重要な部分を何処かに忘れてきてしまった馬鹿の全てを赦してしまって、こいつは再び下を向いて大人しく家に帰るだろうに。曇天は駄目だ。泥と死んだ魚では睨み合いも成立しない。
(或いは)
(忘れてきたのは、心だっただろうか)

(――――なんて)

ただ分かるのは、忘れ物は生まれた時から決まっていて、俺も鏡の向こうのそいつも持っていないということだった。予定調和と知った上でもこいつと『命懸けの死闘』を繰り広げ、立ち上がれなくなったがらくたを背負って家に連れ戻してやらない限りそのずぶ濡れの頭を拭いてやることを赦しはしない。これが野良犬だったら散々可愛がってやるんだが、と俺は長く溜息をついてナイフを握った。

スカイフィッシュにうってつけの日

(運命の人なんて所詮そんなもの)


―――――――
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10.07.16

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