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スタイリング
「あ、たろうちゃん!おつかれさまー!」
「あー・・・お疲れー…。」

控室に入ると、もうタカ丸さんがスタンバイしていた。
カバンを指定席の所に置き、タカ丸さんがスタンバイしている前に座る。
いわゆる・・・床屋さんとこにあるような椅子に座った。前には鏡がある。

「何時も何時もお疲れ様。大変だねー、コンビニにカフェに此処、でしょ?疲れない?」
「うーん・・・ま、何もしないよりはマシだねー。何かしているだけで金になるなら、喜んで何でもするよ?私は。出来る限りなら。」

笑いながら応える。タカ丸さんは慣れた手つきで髪を梳かし、水拭きで濡らした。前のバイトの教訓から、だらけるのを止めた。だらけたら負けかな、と思う。

「ふーん。でも、いつかは止めようと思ってるんでしょ?ここ。」
「うーん・・・まぁ、ね。いずれかの内止めるってんなら、此処を一つ挙げるね。でも・・・・・・」
「電話が殺到するもんねー。だから、嫌々、でしょ?」
「うん・・・。」

あれは酷かった。日夜問わずバイトの電話が殺到し、夜も眠れず中々寝付けない日が多かった。恐らくあそこまで予測して私の返事を受け取ったあの人は…相当のやり手だろう。なんか敵に回したくない。

「断ったのに、ここの社長に直談する事になるとは…思わなかったよ。」
「確か、『そんなに嫌ならやればいいじゃない』なんて言われたんでしょ?」
「うん、似てる。」

タカ丸さんの声真似に笑って答える。お?

「あ、今日はロング?」
「うん。たろうちゃん、化学薬品入ってるの駄目でしょ?」
「うん。」

キツい化学製品を髪や肌につけると、もれなく痒みと目の痛みがついてくる。いわゆる、肌や髪を傷付ける製品は受け付けない、と言う事だ。そんなわけで、私は粉状じゃなくて固体のを使ってるし、今まで地毛でやってきた。

「大変だったよー。たろうちゃんに合うやつ探すのー。」
「うん。大変だったねー…。」

主に、つけては変えてで目の痛みで涙が溢れ出てきて逃げ出しそうになった事が。本当に逃げ出そうとしたら鬼のような顔で私を捕まえたタカ丸によって逃げる事を得なかったが。
鏡の中で、タカ丸さんの手によって髪型が変えられていく。

「そうそう。あれ、製品を一から調べるの 大変だったんだからねー。」
「そっかー…それは大変ご迷惑をおかけしてしまいましたー。」
「いえいえ。でも、もう少し髪の手入れをしてほしかったかも。あれ、少し傷んでいたもん。」
「すみませーん。私、ナチュラルヘアにしたかったものですから。」
「あぁ、無造作ヘアね。ワックス使わなかったでしょ。」
「あー・・・うん。前まではね。中々跳ねない時は、一からつけるよ。」
「ちゃんと大丈夫な奴つけてたのー?」
「そうじゃなきゃ、一日中泣いてる。」
「そうかも!」

ケラケラとタカ丸さんが後ろで笑う。瞼を閉じて息を吐くと同時に、暫く仮眠をとる。疲れた。そう言えば、前 誤ってキツい化粧品を使われて一日中泣きそうな顔で過ごした事があった。何故、その写真を使われたどうかは知らんが。

「はーい。今からつけるねー。」
「んー。」

タカ丸さんが前に周り、髪に××をつける。名前は忘れた。なんか、高校生の女の子がつけそうな奴だ。校則に乗っ取らない奴。
私は目を閉じて眠ったまま、タカ丸さんの仕事が終わるのを待つ。

「たろうちゃん、疲れてるー?」
「んー…まぁ。」
「何時も寝てるもんねー。」
「まぁ・・・何時も、バイトか学校の帰りか朝からだから…。」
「あー・・・少しでも寝たい、って奴?」
「そうそう。」
「あの社長さん、厳しいもんねー。」
「そうそう。これ位の時間、寝てても問題は無いって。」

目を閉じて身体を休めている時間が快感。ゆっくりと身体を休められる。たかが数分、カウントされないだろう。そう自分に言い聞かせるようにタカ丸さんの応えに応える。

「僕も行きたいなー。たろうちゃんのいるカフェ。」
「あー・・・どうぞ、どうぞ。店長も先輩達も喜ぶから。お客入って。まぁ、よく混むけど。」
「あー。よく話になってるもんね、あそこ。」
「そうそう。あ、これは言っちゃいけない事なんだろうけどさ、先輩達目当てでくる女の子とか来てて…辟易してた。」
「そっかー。」
「ん。それで、先輩達言ってた。味の分かるお客が来てほしい、って。」
「ふーん、そっかそっか。」
「うん・・・あ、興味無かったでしょ。」
「あ!いやいや、そんな事無いよ!」
「またまたー。」

…タカ丸さん、上手いな。話に乗ってくるのが・・・。
流石はカリスマ美容師。指名率ナンバーワンのホスト…じゃない、美容師。なんか、彼のお父さんの方が凄いと聞くが・・・。うーん…流石客商売の一番だから、話のネタも乗り方も凄いな・・・うん。

「あれ?たろうちゃん、どうしたの?」
「いや。流石はカリスマ美容師だなー、って思ってた。」
「え!?いやいやー、それ程でも。」
「そうかな?話の乗ってき方、上手かったもん。」
「あ、そっかー。」

やっべ。今 自分、うざかった事言った。

「あ、ごめん。」
「え、何が?!」
「いや、何でも。」
「止めてよー。何時もいきなり謝るの。三郎君達みたいに話してよ、僕にも。」
「え。何で知ってるの?」

パチリ、と目を開ける。開けると、髪にあれをつけているタカ丸さんが私を見ているのに気付いた。

「ん?結構噂になってるから。」
「阿呆な。」

なんつー暇人共だ、この学校。

「僕達の間でも結構噂になってるよ?喜八郎君、プンスカ怒ってた。」
「あー…そっかー・・・。」

きっとモデルか。モデルやっててお前等どうこうなんていうやっかみが回ってきて、面倒くさくでキレてるんだな、きはち。私も同性から同じような目に合わされてるので、気持ちは分かる。そんな事する位なら自分磨くか相手に合わせるようにして!

「そんな事する位なら自分磨くかその位したらいいのにねー。」
「そうだよねー。でも、僕はそうしてほしくないなぁ。」
「え?何で!?」

もう一度まどろもうとした瞼を開く。タカ丸さんは変わらず笑みで作業をしていた。

「結構追いつくのも大変になるからだよ。眉を整えまーす。」
「あ、はーい。」

瞼を閉じる。タカ丸さんが追い付くのも大変だとは…結構凄い人に違いない。会いたい。会ってみたい。
音と振動で、機械が眉を切ったり剃っている事に気付く。

「たろうちゃんって、顔に出やすいもん。社長さんからも、たろうちゃんの精神面のコンディションも整えて、って言われてるもの。」
「あー…すみませんねぇ、こんなのに気を遣わせてしまって。」

あの社長さん・・・どれだけ人の事見透かしてんだ!まぁ、不機嫌な職場で働くよりも楽しい職場で働いた方がいいけど、それはまぁ

「ほらまた、難しい事考えている。」
「え?」
「眉間に皺寄ってた。」
「ぎゃー」
「・・・台詞と顔が合ってないよー。」
「まぁ、一応言ってみただけですから。仕事に支障をきたす程度?」
「いや、大丈夫。すぐに直るから。」

と、タカ丸さんの指の腹が眉間をなぞるのが分かった。あー…昔の名残か、頭撫でられたくなった。小さい頃の名残で。

「・・・つまりは、馬鹿やって楽しい事を考えろ、って事なの?」
「前者はともかく、そう言う事かな!」
「でも・・・いきなり楽しい事って。」
「楽しそうにしている時を思い起こせば簡単だって!たろうちゃんになら、一杯思い出あるでしょ?」
「うーん…」

試しに思い出して見る。小さい頃から高校までは勿論、最近の出来事や、三郎達といた事、カフェの先輩達やバイト先の先輩達。あ、そう言えば店長が厳しい目と面接の所為で、今年も私は下っ端になってしまったではないか!後一年しかないんだぞ!店長たちが卒業するのッ!!一体誰がカフェ継続しろってんだ!!私?無理ッ!

「たろうちゃーん。凄い百面形相になってるよー。」
「え、嘘。」
「ほんと、ほんと。本当、たろうちゃんはコロコロと顔が変わるねー。」
「いやー…それほどでも。自分に正直に生きているだけですから。」
「ほんと、他の女の子とは違うよね。」
「え」
「はい、出来あがり!じゃぁ、試着室に服あるから、着替えてきてね!あ、髪が崩れたら俺に言ってね!すぐに直してあげるから!!」
「え、う、うん…。」

押しやられるように背中を押されて、試着室へと促されてしまう。「じゃぁ、」と何時ものように言って試着室へ入る。え。ちょ、これですか。これを私が着るのですか。



「ほんと、他の女の子と違う。」

なんて言うタカ丸の再度呟いた呟きに、たろうは気付くはずもなかった。何故ならたろうは試着室に置いてあった服を着るのに手間取っていたからだ!

[*yesterday][tommorow#]

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