バランス(一護/現代)
最優先スベキハ、均衡ノ保持
欲は欲である事に変わりはない。
そして食べると言うその行為は、ただ食べると言うだけの本能でしかない
欲情のサインは曖昧にチラついて、
私はその手に囚われ貪られるのかしら…
欲と言う名のバランスは 何処で保たれるのだろう。
「お腹空いた..」
辺りは静まり返っている、そんな放課後の教室で彩夜は一人そんな事を呟いた。指折りに人数を数えるまでもなく たった一人しか居ない教室の為に小さな声がやけに響く。
ただいま試験真っ最中
とは言え、この教室を出れば 大会を控えた部活の有る生徒達が大勢走り回っている
だが、此処だけ別世界のように静かで冷たい。
―――…家に帰って勉強するのも面倒なのよね
彩夜の友人は全員明日も続く試験のため 足早に帰っていった。
自分も一緒に帰れば良かった。と、今更ながらに思うのだが…何故か今日は如何にも帰る気が起きなかった。
カタンと確かにそう音が鳴る。ノイズ、雑音、耳に入る音 全てがいつもの三割り増しくらいに響く
「、黒崎」
彩夜は己の腕を組みながら扉に凭れ掛かり立っている一護を見る。一護も彩夜を見る
此処だけ別世界。そう思える程 静かな空気の中、見つめ合う沈黙は続く
そして 先に沈黙を静寂を破ったのは一護の方だった。
一護はクシャリと前髪をかき上げながら重々しく口を開く
「彩夜は、まだ此処に居る気か?」
何を言われるのかと彩夜は少し身構えた。
だが一護の口から出てきたのは、やけにアッサリとした普通の言葉だったので彩夜も、ほっとした様に口を開く。
「んっとね、もうすぐ帰ろうと思ってるけど。…此処、部活で使うって言うのとかだったら今すぐ帰るよ」
「いや、俺は帰宅組だし別に何も使わねえけどな」
「ぁ、そっか..」
二人の口から出てくる言葉の羅列(られつ)は用件のみ。そんな会話になど花が咲く筈もなく…また沈黙が訪れた。
"今日の試験は如何だった?"とか、軽々しく問える仲でもなく…けれど、ずっと沈黙でいて良いほど険悪でもない。
何故か今日は調子が狂う。(何だろう、この気持ち...)
予感、苛立ち、戸惑い。全ての要素が心を支配する
そんな中、次に静寂を破ったのは彩夜だった
グー
「・・・・・。」
「・・・・・、」
彩夜は自分のお腹から発っせられた音に硬直し、一護は驚きで硬直する。少しのあいだ二人とも呆気に取られ静けさが訪れていたが一護はそれを軽々と破った
「…そ、そんなに笑わないでよ」
一護は言葉を紡いだ訳ではない。しかし 腹を抱えて笑っている様子から簡単に爆笑しているのだと解った
「ずっと静かだと思えば、イキナリそれかよ…っぶ、お前は腹が減ってたんだな…?くっ、はっはっはっ!」
喋りながらも笑い転げる一護を見て彩夜は怪訝そうに眉を顰める。自分が悪いと言ったら悪いのだが…そこまで笑う必要はないだろう。と、少し拗ね気味に言葉を返す
「〜っ! しょうがないでしょ。人間、お腹が空いたら鳴るんだから…」
「まぁ、今更言い訳する事もねえし…」
尤(もっと)もな意見だ。そう言って又笑う一護
「黒崎がそこまで笑ってるのも初めて見たかも……コレはラッキーと言うのかしらね?」
「さぁな。ま、写真撮ったら売れる位は珍しいかもな?俺が大笑いするっつーのも」
余程ツボに入っているのか そう言って又、一護は笑い出した。そんな相手の様子に彩夜もそろそろ本気でイジけて来る
「ぁ゙ー、笑った笑った」
「……そーですかソウデスカ、それは良かったね」
「つかお前、腹減ってんだろ?」
「はへ・・?」
「コレやるよ。笑ったお礼に、な」
手元に落ちるクリームパン一つ。お詫びではなくお礼の処が少し引っ掛った彩夜だった のだが。又お腹が鳴っては再び一護は笑い出してしまうかもしれない
そう考えて素直に受け取った。
「頂きます」
「おう」
袋を開けて入っているクリームパンを食べるとしよう…。ガサリと袋を開けながら、一護がクリームパンを所持していたと言うギャップがおかしくて少し笑った
そして彩夜は大きな口を開けてもくもくと食べ始める。取敢えず、口に運んで せっせと食べる。
「彩夜、付いてるぜ?クリーム」
なんて一護が言えばその長い指で彩夜の口元に付いたクリームを拭(ぬぐ)っていた。すると彼の指にはクリームが乗る
一護は僅(わず)かに不敵な笑みを零しながらそれを舌で舐める
「甘い…」
クリームの甘い味が口腔いっぱいに広がったらしく今度は一護は眉を顰める。まだ指には少しクリームが残っていた
一護の指に残るソレを如何するのだろうかと彩夜は見つめる。一護はしばらくの間 同じようにソレへ視線を落とし、そして静かに彩夜へと視線を移した。
嫌な予感。いや、不思議な予感がする。
「……舐めるか?」
強制する訳でもなく尋ねてくる一護の口調に 彩夜は驚きつつも素直に頷いた。何故そこで頷いたかなんて理由は彩夜にも解らない。ただ自分の本能が返事をしただけ
1m程在った一護との距離を歩いて縮めて行く。その一歩一歩が未知への階段だったとしても彩夜は一護へと続く足を止めはしない
全てが静寂に包まれ、自分と彼とを取り巻くキモチが何なのか 到底解りはしない。
彩夜は舌を出して一護の指を一舐めする
その舐め取ったクリームの味が舌先から甘く口腔へ広がるのを感じた事を不思議に思った。
――さっきのクリームとは何か違う。ただ甘いだけじゃなくって、なんて言うか…
けれど彩夜は、はっきりと答えは出せなった
三回程指先を舐めると一護の指に付着したクリームはなくなった。そして指から舌を離して一護を見れば…目が合った
3
2
1
…0、
何のカウントダウンだったかなんて知らないし無理に知ろうとも思わない。彩夜は自分の中にある何かの箍(タガ)が外れた感覚に陥った。
そして心の内で3つ数えた時彩夜は唇を寄せ食事をスタートさせた。むさぼるだけ貪る 貪欲で本能的な食事。一護もそれに応えるかの様に丹念に口腔内の舌を動かす、それが本当に食欲だったのか性欲だったのか…
そんな事は知らなくても良く思えたし、彩夜にはそんな事柄など如何でも良かった
ただそこに餌が在る。一護からしても餌で在る彩夜が居る
静まり返った教室に二人の唇が触合う微かな音だけ響く。これを食事と呼ぶのか、恋心と呼ぶのか…。
恐らく今の彩夜は前者と答えるだろう
一護は唇を触れ合せつつ手で彩夜の鎖骨を愛撫するかの様に撫る
「っ……」
彩夜は触れ合う唇の中で息を乱す、そんな事一護はお構いなく彩夜の体全体に手を滑らせる。
彩夜が熱を帯びた呼吸を零すたびに一護の理性も外れて行く
"此処からが本当の食事の始まりだぜ?"なんて、又一護は不敵に微笑(わら)った。その言葉が猶(なお)も彩夜の食欲を駆り立てた事も知らずに
さぁ。貪られ堕ちてゆく、ご馳走様まで 後『30分』―――…。
*END*
初出し2005/某月日
書直し移動2010/07/09
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