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「藍楽ー!かえろー!」


上を見上げれば、いつもと変わらぬ青い空。


悔しいから『もしもあの時こうしていたら』なんて負け惜しみは言わない。


終わりのない階段を上り――絡み付く紫苑色の煙が遠い世界へ手招きをしていました。



《匣的君主論――01.色のない世界》


いつもの学校、いつもの日常。地元の高校に通い、退屈な授業が終われば町で友達と喫茶店に入る。自分達が生きることに必死で、世界の裏側で何が起こっているかなんてのには目も向けず ただ極楽と平易な道を追い求めるだけの人間達。藍楽の住む町ではこれといった事件も起きず、自ら選んだにも関わらず平坦な人生に辟易している人々は 不幸という甘い蜜に飢えながら灰色の心で昨日と同じ動作を繰り返していくのだ。


「今日はご機嫌だね」

「ふふ、藍楽に見せたいものがあるんだ」


色のない世界で 自分達が窒息しそうになっていることにさえ人々は気が付かない。しかし藍楽だけはこの世界がとても閉鎖的空間で、出口のない箱の中には どんよりした空気が充満している、と心の何処かで感じ取っていた。

濁った空気の正体は無関心、無気力、死への恐怖など様々だが それらはお互い綿密に絡み合って箱に入った日本へ蓋をしている。気を抜けば自分もその箱へ取り込まれてしまいそうで藍楽は時折恐怖すら覚えるほどだった。

だが そんな時はいつもこの明るい友人の笑みを見て自分を保っていた。彼女の心は様々な色に溢れ どれほど世界の色が消えていこうとも彼女自身は決して色鮮やかな自分を見失わない。だから窒息しそうな時も藍楽は無邪気な友人の側で無色な日々に少しずつ色を取り戻していけるのであった。


二人でいつもの喫茶店に入りいつもの飲み物を頼む。今日の友人は機嫌が良いらしくいつの間にかパフェまで頼み それから注文をし終えるとすぐに紙袋を二つ机の上に置いた。中にはドッサリ単行本サイズのものが入っており 何かの漫画のようだ。


「何これ?」

「友達に全部貸してたのが今日帰って来たんだけど、藍楽もこの話好きじゃないかなって思って」

「私が?…うん、確かに絵好きかも」


皆格好良いんだよー!と、下手すれば今日一日ずっと語り尽くしそうな勢いで話を始める友人。しかし藍楽は全て聞き流し 一番上にあった他とは紙質の違う黒本を手にとった。どうやらそれは俗にファンブックと呼ばれるものらしく 中をパラパラと捲るとキャラクターの説明が詳しく載っている。試しに一番最初に載っている頭がツンツンしたキャラクター概要を読んでみたところ 彼はマフィアのボス候補と書いており藍楽は目を丸くした。


「え!?この少年がマフィアのボスなの!?」

「そうなの!『ツナ』って言ってボンゴレファミリーの次期ボスなんだよ〜!『仲間を誰一人失いたくないんだ!』って…ああ、やばい…格好良過ぎる…」

「おーい、戻ってこーい」


漫画も持たず空想の世界へ意識を飛ばしてしまった友人。こうなってしまったら彼女はしばらく現実に戻ってこないので 藍楽はパフェが来るまでファンブックに目を通していた。

気弱そうだけど実は芯の強い主人公、彼を支える自称右腕、天然だけど剣豪の親友。エロ医者や赤ん坊など沢山の個性的なキャラクター達が生き生きとしており 藍楽の中では本編を読みたい気持ちが次第に高まっていた。危険なことも沢山だが 何処を見ても色に溢れた復活の世界に友人とともに思いを馳せる。無関心が覆い尽くす世界から出られたとしたら次に行く世界はここが良いな、とぼんやり考えた。




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