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 ヴェルヴェットから蝶々の匣を受け取り 大切そうに両手で包む。この匣は 藍楽の分身どころではなかった。藍楽そのものなのだ。この匣が壊れた時のことを想像すれば足先から寒気が迫って来た。平和な世界に帰りたい。叶わぬ願いだけが降り積もり 三角形の小山を作っていく。彼女は山本に支えられて身体を起こした。


「もう、大丈夫…ありがとうございました」

「お、そっか。良かった良かった!匣って案外丈夫なのなー」


――匣。


 何気ない一言が目眩を引き起こす。彼に悪意がないのは分かる。分かっているが『匣』と呼ばれると悔しかった。名前あるんだから、匣って呼ばないでよ。つい怒りに身を任せて怒鳴り付けてしまいそうだった。きゅっと口を一文字に結びベッドから降りる。するとヴェルヴェットがカーディガンを貸してくれ 優しさにじんわり胸が熱くなった。そういえば、彼女は私を決して『匣』とは呼ばないな。藍楽はそれに気が付くと微かに口角を上げた。どくん。その笑顔を直視した山本の心臓が 一瞬飛び跳ねる。


「(やっぱり匣には見えねーよなー)」


 ヴェルヴェットが雲雀から聞いた話では、匣と少女は密接に繋がっている。しかし他の匣もそうだっただろうか――と言っても 戦いの際匣はポケットにしまってしまうため この場で是非を判断することは出来ないが。今度やってみよー、なんてお気楽思考に戻り 少女が立ち上がるのを助けた。触れている手から温かな人間の体温が伝わってくる。小さな手はすぐに壊れてしまいそうで 到底匣兵器として働けるようには見えなかった。


「ねぇヴェラ、リボーンさんとツナさん、ここにいた?」

「いや?私と山本、メイド以外はこの部屋に出入りしてないぜ」

「ああ、俺もツナ達は見掛けてないなー」

「ほんとに…?でもさっき話声したんだけどなぁ…骸さんもいたような」

「骸もか?」


 その名を聞いた途端、ハッと顔つきが変わるヴェルヴェット。先程藍楽と別れた後 クロームから電話があり設計図が何たらと質問を浴びせ掛けられた。クロームはヴァリアー本部におり すれ違いになったようだ。骸とツナはその設計図の話をしていたのか――しかし生憎とこの部屋に彼らは居ない。それはヴェルヴェット、山本、メイドが確信を持って証言出来た。


「あはは、夢だったりしてなー」

「……夢、なのかなぁ…」


 確かに聞いた気がするんだけど。彼女は納得不十分でブツブツと呟き 首を傾げる。懐かれたのか 雨燕が頭上を旋回して雨を降らせていた。藍楽の肌に触れると 水色の光を伴って蒸発する。チョーカを飾る紫水晶に反射して 部屋に光の筋を作っていた。不意にドアノブが回り ススキ色の髪の毛が現れる。


「藍楽、帰ってるな」

「…ツナさん、ノックくらいしましょうよ」

「必要ない」

「(どんだけ自分中心に世界回ってるんですか!)」


 胸を張って言い放つあたりに 性格の腹黒さがありありと見て取れた。リボーンさんのほうがまだマシだ、と椅子に腰掛ける。ヴェルヴェットはボスの登場に居ずまいを正し ツナの出方を待った。相変わらず雨燕が天井を舞って水滴を撒き散らしていた。





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あきゅろす。
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