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 不意に眉間へ皺を寄せ思考の海へ浸る骸。何かを思い出そうとしている姿を クロームはただ黙って見つめていた。香ばしいコーヒーから湯気が立ち上ぼる。そうして、彼女もまた思念の砂浜へ足を踏み入れたのだった。ボールペンから出てきた紙には やはりロレンツィニのサインがあった。その隣りにはJのサイン。人物名なのか、それとも他の意味があるのか。疲れて麻痺している脳神経を出来得る限り活発化させる――すると最初同様不意に骸が瞼を上げた。


「クローム、ヴェラは今本部にいましたか?」

「…いえ…確かヴァリアーのほうにいるはず……」

「そうですか…ではお前に一つ頼みごとをします。その足でヴァリアー本部へ向かい、ヴェラから設計図を貰って来なさい」

「…設計図って…この匣のですか……?」

「そうです。この紙と羊皮紙のコピーを持って、今すぐ」

「……分かりました骸様…行ってきます」


 主の命令は即座に実行しなければならない。食べ掛けのパンを置いて立ち上がり 車のキーを手に取った。骸はまだ小難しい表情をしている。遠くでピザを焼く煙が棚引いており 食欲をそそった。だが彼女は早足でカフェから出ると 一度も振り返ることなく車に乗り込んだ。それは 骸と藍楽が出会う15分前のことであった。







 さらさら。さらさらさら。誰かが優しく藍楽の髪を梳いている。耳小骨を伝わる音はエコーを掛けられ 橙色に照らされた狭いトンネル内を思わせた。感覚が鋭くなっており 壁を越えて廊下を越えて、屋敷中の音が脳内で反響している。うう、と唸れば大音量が響き 更に顔をしかめた。すぐ近くで聞き覚えのある声がする。


「普遍的フラクタル…そんなものあるのか?オレは聞いたことねーぞ」

「僕も知りませんよ。しかし彼の最終目標だったことには間違ないでしょう。綱吉、ネズミから取り返した設計図を持っていますか?」

「ここにある」


 リボーン、骸、ツナの声が順に耳へ入る。何を真剣に相談しているのかさっぱり分からない。凡庸な脳しか持ち合わせていない藍楽には 難し過ぎるようだ。と、プラスチックとプラスチックが触れ合う音がし それに微かであるが高音の電子音が交ざった。紙束の摩擦された音に次いで 人々が動く気配。彼らは何枚かの紙面を囲みじっくりと見比べた。塵一つとて見逃すものかと言うように。


「クフフ…彼の字ですね」

「ああ、あいつの組み立てた設計図に間違ねーな。だが念の為認識機械に通しておくか」


 リボーンは携帯を取り出し 下っ端達へ仕事を与えた。隣りでツナは目を細め 鋭い視線で考えごとに耽る。空となったアタッシュケースが 正午の陽光に黒光りしていた。


「時空を閉じ込める…か」


 誰かが小さく呟いた。普遍的フラクタル――ある一つの世界を形づくるフラクタルを見つけられれば、それを繰り返し重ねていくことで疑似的空間を作り出すことが可能かもしれない。匣の設計図を描いた人間は、そう考えたのだろうか。しかしそれさえもツナには途方もない法螺ごとに思えた。Jのサインを忌々しく指で弾く。





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あきゅろす。
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