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「いや、離して…!私なんか食べても美味しくないですって!」
「うるさい、静かにしなよ」
「いやです!だって静かにしたら貴方何かするんじゃ…!」
「いい加減黙らないと…咬み殺す」
「ひぃ…?!」
十八番の台詞と共に 粉砕された美しい鏡台。一撃で塵と化した家具に目を見開き それから藍楽は途端に大人しくなった――この男が誰であるかなど 説明されずとも分かってしまったのだ。先程の台詞と 彼が所持する銀色は 男が『雲雀』であると教えてくれている。ボンゴレ最強の守護者である彼が自分に何の用事があるのかと怯えつつ 鋭い視線を受け止める少女。
「ねぇ君、匣兵器なんだって?」
「…らしいですね」
「そう…でも僕は実際にこの目で見ないと信じられない質でね。悪いけど、確かめさせて貰うよ」
「確かめ…?」
彼はいつの間にか蝶々のレリーフが付いた紫の匣を手にしており 艶のある微笑みを投げ掛ける。そして大きく腕を振りかぶり――藍楽の分身へ向かって思いっ切り獲物を振り下ろしたのだった。
「あ"ぁ"…っ!!」
途端に 今朝自分で匣を投げた時の数倍、否それ以上の激痛が藍楽の身体を浸蝕し始めた。眼前に沢山の星がちらつき 想像を絶する痛みに吐き気が襲う。そして鼓膜をつんざく澄んだ金属音は屋敷中に木霊し 自室にいたツナやリボーン達は神聖な響きに思わず動きを止めた。しかし藍楽はその音が鳴り止むのも待たずに意識を手放してしまい ただ傍観していた雲雀は満足そうに口許で緩やかな弧を描く。
周囲の壁に反射しながら徐々に力を失っていく音の波。軽く叩いたつもりだったが その衝撃は何倍にもなって少女へ伝わっているようだった。少なくとも彼女と匣との間に繋がりが存在する、ということを証明した雲雀は 青褪めて横たわる少女にそっと匣を握らせる。ヒューマン型という未知なる力――無限なる可能性に魅了され わくわくと高揚する気持ちに笑みが零れた。今はまだツナの匣だが 彼が飽きればその内雲雀の元へと流れてくるだろう。そう判断した彼はその場を静かに離れたのだった。
他方、自室で不審な音に耳を済ませていた蒼燕流使いこと山本武。先程己のボスから面白い情報を聞かされたばかりの彼は 綺麗な音が止んでしまったことに寂しさを覚え廊下へと繋がる扉を開いた。この10年で身に着いた用心深さのために愛刀は常備、持ち前の身体能力を駆使すれば 難なく音源の方向を探し当てる。途中珍しく機嫌の良い雲雀に出会い思い切って挨拶をしてみたが 毎度のことながら無視をされてしまった。けれども天然剣士は全く意に介せず にこやかに赤いカーペットの上を進む。
「さっきの音なんだろうなー」
何か落ちたのかな、などと能天気な思考は彼の短所でもあり最大の長所。そのまま歩みを進めていけば 普段使われてない部屋がある廊下に辿り着き首を傾げる。この辺誰か居たっけ、なんて記憶をまさぐれば 突当たりの部屋の前で見覚えのある三つ編みが揺れていた。ヴェルヴェットは肩で息をしておりどうやら全速力で走って来たと見受けられる。
「よ、ヴェラ!久し振り!」
「山本…?!お前も、ボスに話を聞いてこの部屋に来たのか?」
「ん?いや、綺麗な音の発生場所探してたらいつの間にか此所に来てたんだけど…この部屋、中になんかあんのか?」
「…ヒューマン型匣さ」
この台詞を一体何度繰り返したことか。どうやら彼女はすれ違った雲雀より事の経緯を聞き すっ飛んで来たらしかった。朝ツナから貰った合鍵を取り出し鍵穴へと差し込めば 既に鍵は開いている模様、勢い良くドアノブを捻るヴェルヴェット。すると爽やかな風が彼女達の頬を優しく撫で ベッドの上で眠り姫が如く横たわる少女へ穏やかな空間を作り出していた。続いて入って来た山本が あどけない寝顔を覗き込むと 微かに彼女は身動ぎをする。その姿はまるで普通の人間――初対面の山本はヒューマン型の意外な姿に愛刀を取り落としてしまったのだった。
深々冥冥の幽境、作る側と作られる側を隔てる海溝は止まることなく広がりゆく。鮮血の彼岸花――宙を舞いし蝶々は高貴なる紫衣を纏うのだった。
(へえー!思ったよりヒューマン型って可愛いのなー!)
匣.03了.
04に続く
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