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一方部屋へ案内された藍楽。彼女はさっきより前向きな気持ちで部屋へ入ると 扉を開いたその格好のまま固まってしまった。


「…いやがらせ、ですか…?」


油が差してある蝶番はスムーズに動き藍楽はゆっくりと扉を閉めた。何もない部屋に金属音が反響し、それらがお互いに相互運動を働き掛けて虚しさが倍増する。そう、彼女が案内された部屋にはベッドはおろか椅子や絨毯、衣装棚すら置かれていなかったのだ。辛うじて淡いラベンダー色のカーテンが窓に引っ掛かっているくらいで掃除がされていると言っても とてもではないがこれからここで生活していくには少々無理があるのではないか。

空き部屋も空き部屋、藍楽はただっ広い空間に溜め息を付き壁に寄り掛かってズルズルと座り込んでしまった。緊張が解けて顔の傷が痛み始めるが 痛がる元気もない。平坦な人生が今日一日で目まぐるしく変わり彼女はその状況に付いて行くのが精一杯だった。おもむろにスカートのポケットへ入れていた匣を取り出しじっくり観察を始める藍楽。


「いや、これどう見ても私入れないよね」


誰に言う訳でもなく呟く。藍楽の認識ではあくまでも自分は人間だが ツナやリボーンの中では匣と認識されてしまっているようで これからの生活に一抹の不安を覚えた。一体何がどうなって自分が復活の世界に来て匣から出てくることになってしまったのだろう、自分一人では決して答えを見つけることは不可能な問いを延々と繰り返す。その間『ヒューマン型』という単語も頭の隅でちらついており「本当に自分は匣兵器となってしまったのだろうか」と不安が過ぎった。匣兵器とはその名の通り道具、つまり本当に彼女が匣兵器ならば人間ではなくなってしまったと言うことなのだろう。

彼女は手を握ったり開いたりして身体の変化を確かめてみたが 何が変わったかは分からなかった。兵器と言うのだから戦いに有利な力が備わっているはずだが ジャンプをしても壁を蹴って見ても全く以前と変わらず、そのうちに藍楽は「匣から出てきたからと言って自分が匣兵器とは限らないんじゃないのか」と言う考えに辿り着いた。

名案とばかりにポンと手を打ち 無理矢理それを信じ込もうとする藍楽。しかし根拠も何もないのに正解だと思い込む一方で 彼女の側には『人間』を否定する匣があり、忌々しく感じた藍楽は力いっぱい扉へ投げ付けたのだった。甲高い金属音を響かせて衝突する匣。


「痛…っ!!」


するとそれと同時に彼女の身体へ激痛が走り 藍楽は痛みのために立っていることすら出来なくなってしまった。部屋でこだましていた音が完全に消え去る頃にようやく引く痛み。その出来事は彼女が匣と繋がっていることを示しており『藍楽は匣兵器』と言う事実へ決定的な証拠を突き付けていた。予期せぬ結果に茫然と匣を眺めるだけの藍楽。


「おーう……家に帰る以前の問題になってきたよ…」


ポツリと零れた言葉は何もない宙へ吸い込まれていく。そして彼女は自分が匣兵器だという事実よりも 真っ黒い笑顔を振り撒くツナにこき使われるのではないかという恐怖に打ちひしがれた。今更ながら去り際にリボーンが放っていった台詞に悪寒が走り分身と化した紫の匣を拾い大切そうにポケットへ突っ込む。どちらにしろ彼女が匣であろうと匣でなかろうと 今までの自分と何かが変わった訳ではないのだから気にしないでおこう、そう考えを切り替えて窓を開けたのだった。


部屋からは町が一望出来、爽やかな風が心を覆っていた分厚い雲を取り払ってくれる。今は初夏なのだろうか、エメラルドグリーンの海が気分に色を添え単純な彼女は一気に活力を得た。


「きれー!イタリアって凄いなー!」


お母さんに見せたら喜ぶんだろうな、そう思うもいきなり来てしまった手前帰り方すら知らない彼女は残念そうに口を尖らせた。そのうち分かるかななんて楽天的な考えに走り 写真展に飾られているような景色に見とれる。そうしてカラリと晴れ渡った空へ手を伸ばしながら 暗くなっても何も変わらないのなら今は精一杯やれることをやろうと決意を固めた藍楽へ 軽いノック音と共に男とも女とも聞き分けのつかない声が掛かった。


「ボスの命令で来た。入るぜ」

「あ、どうぞ」


滑らかな動作で部屋へ足を踏み入れてきたのはヴェルヴェット。赤い髪を三つ編みにして垂らし エメラルドグリーンの海のような色をした瞳にはどこか気品が漂っていた。言葉使いで男だと思った藍楽は思わず魅入ってしまったが ツナのような人種がいたことを思い出し警戒、しかしそれが分かったのか驚いた表情を浮かべていたヴェルヴェットは軽く笑みを漏らすと握手を求めた。


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