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 ノートパソコンへセットすれば 馴染み深い暗号の羅列が姿を現す。彼女はふふっと口許で緩く弧を描き エンターキーを叩いた。これはディーノと関わりを持った当初 巨大コンピュータからくすねたボンゴレ用語解読ソフトだった――否この言い方では語弊がある。正しくは ソフトのデータをこっそり複製しておいた、である。深桜くらいになればそんなことは容易に可能なのだ。

 メモ帳内に書かれていた暗号が一気に解読されていく。ゆっくりと画面を指で辿った。


「えーと……って、あれ?何も変わってない」


 今日初めてソフトを使用したのだが 始めと何ら変わりない文章。骨折り損じゃん!と失望が包み込み 口先を尖らせた。そんな彼女へ追い討ちをかけるように 校内に響き渡るチャイム。それを合図に護衛が席を立ち 廊下へ出て行った。思考の海に沈んでいると時が経つのは早いもの、藍色に染まりゆく夜空。

 これが頼みの綱だったのに。全ての希望を掛けていたソフトに見事裏切られてしまったようだ。たった数行の暗号さえも解けぬ己の無力さを味わい じわりと涙がにじんだ。心の臓が痛み息の詰まる感覚を覚える。


 ああ、やっぱりディーノさんに会いたい。どうしようも無いこの不安を あの煌めく笑顔で取り除いて欲しい。溢れ出しそうな涙を優しく拭き取って欲しい。普段口にしていた意地っ張りな言葉とは酷く矛盾する気持ちが 頭を埋め尽くしていく。ツナの言葉で一旦解かれた意地は 最早とどまることを知らなかった。誤魔化しようのない己の本音。


「私は…やっぱりディーノさんが好き…?」


 口から出た単語が耳に入り 改めて自覚せざる得なかった。耳元に熱が集い全身に広がっていく。そうだ、ディーノが好きなのだ。なんて簡単なことだったのだろう。見合いパーティーと聞いて腹が立ったのも 会いたくて堪らないのも 全て彼に恋をしていたからなのだ。


「…もう、下校時間だけど」

「わああ!?」


 ポツリと響く声。恋心を自覚して乙女思考を繰り広げていた深桜は 突然の来客に飛び跳ねた。ツナでも護衛でもない不機嫌そうな低い声。未だ上気した顔のまま勢いよく振り返れば腕組みをして壁にもたれかかっている雲雀がいた。見回りに捕まってしまったようだ。


「あ、ごめんね雲雀君。今出るから!」


 トンファーを掲げていないものの口をへの字に曲げている。咬み殺されては敵わない、と省エネモードで照明が落ちているパソコンへ触れた。瞬時に明るくなる画面。そうしてそのまま電源を切ろうとカーソルを移動させ――と、彼女の手はそこで止まってしまった。

 それもそのはず、メモ帳に書かれていた文章が別の単語へ変換されていたのだ。文章と言っても 先程解いていたものではない。解読されていたのは 跳ね馬、レクイエム、奇妙などと言う意味不明な単語が並ぶ「例の」暗号だった。


 非常に複雑で 深桜でさえ解読に苦心していた暗号。彼女は日本に戻って来てから数週間、傷付いた心を癒すかの如くこの解読に没頭していた。その成果あって1週間程前に解き終わっていたが、出て来た単語は10個。全てを上手く繋ぎ合わせると


『跳ね馬へ奇妙なリストが渡った。神の御名の下、レクイエムを奏でよ!背徳者を、血祭りにせよ!』


 よく分からなかったが、ディーノが行なっている裏切り者捜査のことを述べているのだろう、と一人納得。ゆえに全て解き終わったと思い そのままにしていたのだ。だが どうやらボンゴレ用語で二重暗号化されていたらしい。





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あきゅろす。
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