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「あそこのボス、私達姉妹のこと全部知ってた」

「全部?秘密もか?」

「ええ、全部。綺麗な瞳をしてて…9代目の瞳にそっくりなのよ」


 だから何でも知ってたのかな、と明るい笑い声を上げた。墓地周辺の花々が纏わりつくような香りを放つ。太陽に温められた地面は熱気を放ち 美しい女性の姿を歪ませていた。糸遊と言う名の陽炎は 幻影の世界へ風羽を連れ去ってしまう気なのだ、と一瞬脳裏を過ぎった。


「帰り道でボスのお嬢さんにも会ったけど、春みたいな子だったわ。まるで、佐保姫」

「は?佐保姫?」

「知らないの?春を司る女神のことよ」


 一般人だったけど、きっとあの子は大物になるわ。彼女は遠くからやってきた花弁に語りかける。しかし先程から印象ばかりを語って 肝心な内容は語らない風羽。獄寺はやきもきして口を開いた。


「別にそれは構わねーけどよ…風羽、お前は何しに行ったんだよ」

「んー……ボンゴレと同盟結びませんかって誘ってみたの。見事断られたけどね」

「無駄足だったって訳か」

「そうでもないわ。他のこと沢山話合ってきたから――彼女のことや、私のこと」


 収穫は大きかったとにこやかに語る。その笑顔がまた寒気を促し 獄寺は言い様のない恐怖を覚えた。彼女が居なくなってしまう。そんな感覚。それは幼い頃母親が死んだと告げられた時に似ていた。彼女によって温められていた心が急冷されていく。

 そうして、気が付いた時には後ろから風羽を抱き締めていた。彼女が離れたことで冷凍されていた身体に じわりと熱が伝わる。それは雪解けだった。金がかった茶髪へ指を絡ませれば 朧が実体を持つ。


「隼人…?」

「るっせー。病人は大人しくしてろってんだよ」


 獄寺の耳元で氷が解ける音が聞こえそうな気がした。風羽にとってジッリョネロの娘が春を告げる存在ならば 彼にとってのソレは風羽だった。風羽こそ 佐保姫なのだ。


「いきなり消えないって約束しやがれ」

「何よいきなり……ああ、分かったわよ。もう黙って出掛けたりしないって。約束するわ」

「本当に思ってんのかよ……いなくなったら、許さねーかんな!」

「はいはい。すみませんでしたー」


 反省の色は皆無。佐保姫は面倒くさそうに口先を尖らせた。だが所詮これが口約束だと承知していても拠り所を作らずにはいられなかった。佐保姫がいなくなっては 春を呼ぶことは出来ないのだから。


 風羽が空を見上げると分厚い雲に割れ目が出来ていた。名前の知らない花弁が 視界を過ぎる。日本ではもう桜が咲く時期だろうか。群青色が迫る夕暮れ――弓張月が遠慮がちに姿を現した。


 朧に身を寄せる姫君。水面に映った月は 脆く儚い夢に過ぎない。春を告げる女神――彼女は柔らかい光を纏い 駆け抜ける疾風と共に 雪解けを知らせるのだった。





花曇り 朧につづく 夕べかな






(彼女の訃報を聞いたのは、それから3日後だったの)

糸遊の佐保姫 了.

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これまた蕪村の俳句から。
「陽炎稲妻水の月」と言うことわざを使ってます。実体の無いものの喩えだそうですよ。
また、「糸遊=陽炎」です。

皆様、ご愛来ありがとうございました!




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