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 音楽室に入れば彼女はお目当てのグランドピアノを開き 彼女が書いた楽譜を立て掛けて椅子に座った。深呼吸をしてから最初の音を一つポーンと奏でれば 16分音符が連なるアルペッジオが始まる。頭の中だけで作っていた曲が意外にも良い雰囲気になっていることに満足して 彼女は最初の8小節だけ弾き終わると手を止めた。


「ま、こんなもんか」


 3段でひとまとまりの楽譜。一番上は歌の主旋律、二番目は伴奏の右手、三番目はその左手パートが記されており 二三段目は花凛が歌っていた歌に風羽が伴奏を付け足したものだった。雲雀が名付けた『風花のワルツ』を口ずさみがら続きを考える風羽。

 8分の6拍子、6つのフラットで奏でられる短調は聴く者の心を哀しみに染める。けれどいつまでも聴いていたい、そんな風に思わせる不思議な曲だった。ゆっくりと一音一音大切にして主旋律を弾き――彼女は以前、花凛が歌っていると適当に伴奏を付け 勝手に下部パートを付けて合唱していた。しかし少し前に9代目から続きが送られ 彼もこの曲を知っていたのだと判った途端作曲家としての血が騒いだのだった。


――もっと素敵な曲にして9代目に聴いてもらうんだ。


 尊敬する人が嬉しそうに頬を緩ませる姿を想像し 更に気合いを入れる。今度は口とピアノとの両方で花凛のパートを奏でれば 彼女の美しい歌声が聞こえくるようだった。どことなく懐かしさを感じさせるような憂いた旋律。ポタリと音がしたと思うと ピアノの上に何か液体が落ち 彼女は鍵盤上を滑る指を止めた。


「…え…?」


 自分の顔が濡れていることに気が付き息を飲む風羽。それは図らずも彼女の瞳から出た涙だったのだ。一筋の涙を急いで拭き取り少しの間茫然としていた。彼女は泣きそうになったことはあったものの こうして涙を流したことはなく 自分に涙を流させた要因と思しき歌(楽譜)を凝視する。そしてそれを手に取ろうとした刹那、意外な人物の声が聞こえて来た。


「ふうん?君でも泣くことあるんだ」

「げ…雲雀!?べ、別に泣いてないわ!欠伸で出ただけよ!…ってか、あんたいつから…?」

「君が歌い出したあたりから。…知ってる曲が聞こえたから秋桜かと思って来たんだけど…まさか君だとはね」


 嫌味ったらしく残念そうに眉をしかめると彼はピアノの側へ。彼女が口ずさんでいた時からいたのなら明らかに風羽の言い訳は不自然だと分かっていたが くだらないことはスルー、彼は風羽お手製の楽譜を手に取ると冷めた目で紙面に目を滑らせた。


「この曲秋桜も歌ってたけど、君が作ったのかい?」

「私じゃないわ、花凛よ。あの子が時々歌ってる曲に私が伴奏を付けてるだけ。…もう良いでしょ、さっさと返しなさいよ」

「やだ」


 パッと楽譜を頭の上にやり 視線をそれに釘付けにする雲雀。風羽は「てめ…!」と指が白くなる程に拳を握り 怒りに身体を震わせた。風紀委員会のせいで仕事を増やされた挙げ句 雲雀に好き放題されているのが気に食わないのだ。立ち上がった風羽と 楽譜を彼女の手から遠ざける雲雀が真正面から睨み合う。


「雲雀"君"…喧嘩売ってるのかなー?」

「わざわざ君のために時間を割いてやるほど僕は暇じゃないよ」

「その台詞、そっっくりそのまま返すわ!」

「ふうん?同じ台詞返すなんて芸がないね」

「…っ…!こっちが大人しくしてやってりゃぁ言いたい放題言いやがって…!」


 彼女が舌打ちをした次の瞬間、彼女の愛銃が火を吹いた。常人には理解出来ぬ程の一瞬の出来事にも関わらず 雲雀は落ち着き払った様子で弾き返す。最近は口喧嘩だけで済んでいたが、そうは言ってもやはり犬猿の中。彼女達が纏う殺気で空気が揺れ ピアノの弦が小さく振動して微かに高い音を立てていた。雲雀の整った顔へ一つ笑みが浮かび 彼は自分の言葉を噛み締めるようにゆっくりと口を動かす。



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あきゅろす。
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