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『花凛、まだ――』
「――まだあんた弁当食べてないの?」
「へっ?」
初秋の昼下がり。まだまだ真夏の暑さが残る9月、2学期の初校日ということで私は夏休み明けテストを受けていた。今日はもう4つ終わり、あと残すところ5限のテストのみとなって 京子、花と共に教室でお弁当を頬張る。しかし頂きますの挨拶を交わしてから裕に30分は経過していると言うのに、ほとんど減っていない私のお弁当箱に対し花が呆れたように声を掛けて来た。
「花凛ちゃん、ぼーっとしてたけどどうかした?」
「え?あ、うーん…なんか夢見てたみたい…」
「食べながら夢ぇ?そんなことするやつ初めて見るんだけど」
あんたって時々意味分かんない行動するよね、と花が言えば京子がフォローを入れる。こんなやり取りももうお馴染みになりつつあり「早く食べなよ」と促された私は大急ぎで胃に掻き入れた。予鈴ギリギリで食べ終わり 間一髪でお説教を免れる私。座席に座るとツナ君が視界に入り 京子が口を開いた。
「そういえば…花凛ちゃん、放課後の来れる?」
「ボクシング部の部室に行けば良いんだよね?多分大丈夫だよ」
「良かった!お兄ちゃん凄く嬉しそうだったから」
「念願のツナ君勧誘だもんね」
「(嗚呼、京子ちゃんと花凛ちゃんが喜んでいる手前、めちゃくちゃ断りにくい…!)」
すぐ近くでツナ君が何やら頭を掻きむしっているのが見えたが 必要な出会いだと判断した私は敢えて無視。そうして英語の先生が教室に来て彼がテストの開始を始めると 幾らも経たぬうちに クラスメート達はうつらうつらと船を漕ぎ始めた。お弁当で満腹の身体に 暑すぎず寒すぎずという丁度良い温度が眠気を誘うのだ。しかも退屈な英語のテストとなれば全員が寝る事必至であり 隣りの山本君や教室の真ん中に座っているツナ君達も例外ではない。テストは英単語200問のスペリングだったため私は早々と解き終わり 一つ私もその波に乗じてみることにした。単調な針の音に欠伸を零すと適当に間違いを探しながら物思いに耽る。
『花凛、まだだ――]世〈デーチモ〉には、まだ早い』
ふと、夢の浅瀬から伝わる声があった。何度も聞いたその心地よい低音の響きは 私の意識を一部剥し取り 無理矢理夢の世界へと引きずり込む。そうして私は眠気が襲うのでもないのに 昼間と同じく橙色の世界に沈みゆくのだった。
何かを感じて夢から目覚める私。冷えた石畳、顔に掛かった黒髪を払い身体を起こせば手首の鎖が重たそうな音を立てた。じめじめした部屋は牢屋のように鉄格子で他の空間と仕切られている。今日は二学期の初校日、私は教室でツナ君達と授業を受けていたはずだったのに何故こんな場所にいるのか。最もな疑問が浮かび首を捻ろうとすると 首にも鉄枷が付けられているようで上手く動かない。
私はせめて格子の中から出たいと思い南京錠の掛けられた出入り口へ向ったが 手首に付けられた鎖が限界を訴え失敗に終わった。不意に格子の向こうで黒いものが動き 橙色のランプが近付いて来る。
「あ…」
ランプに照らし出された人間の姿を見て私は言葉を失った。その人は以前も会ったことのある人で 不思議なくらいツナ君とそっくりな人。ランプと同じ橙色の炎を額に灯し 全てを見透かすように澄んだ瞳で私を見据える彼の雰囲気はどこかあの優しい9代目を思わせる。彼は年季の入った椅子に優雅な仕草で腰掛けるとランプを床に置き、その間 私はじっと橙色の彼を見つめ苔の生えた床に座っていた。
思い返せば私は ある時を境に度々この場所に訪れるようになった。それは最初に彼と対面した時――過労で倒れ ツナ君達がお見舞いに来てくれた日から。目を覚ましたと思ったのは錯覚で 実際にはまだ夢の中にいるのだと気が付く私。目の前にいる人間へ尋ねたい事が山程あったはずなのに 上手く言葉を紡げなくて黙っているとおもむろに橙色が沈黙を破った。
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