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綺麗な桜。
物思いに耽っていた花凛の頭をふとそんな思いが過ぎった。もう少し、もう少しで何か思い出せるような気がするのだ。記憶の断片だけでも思い出せれば、と思念の海に自らを沈めてゆく花凛。
「(誰か話してる…)」
この状況ならば雲雀さんしか居ないだろう。誰かに話し掛けているようだ。もしかしなくとも自分だろうか、そんな思いが脳内をよぎる。しかし今の花凛の心にはそんなことに構ってある余裕など何処にも無かった。ゆっくりと目を瞑り 昔の記憶を掘り起こす。
不意に花凛は頭に激しい痛みを感じた。次いで自分の身体がスローモーションの様に地面に向かって傾いているのも。
「(何が…起こったの?)」
突然襲いかかる痛みに耐えながらも脳をフル回転させ 状況を把握しようとする。だが彼女の苦労空しく 原因はサッパリ解らない。このままだと自分は地面へ激突するだろうと予想し 次の衝撃に供えて身を固くした。
しかし、幾ら待てども予期していた痛みは 襲って来ず 更なる疑問が頭に浮かんだ。そうして心地よい浮遊感がゆっくりと彼女を包み込んでいくのだった。
****
先の一瞬、僕は確かにトンファーを振り上げた。それは勿論 目の前にいる少女を咬み殺そうと僕が意図して行ったことである。だが僕の振り上げた腕が振り下ろされることは無く 上空で止まった腕は行き場を無くしてしまった。
何故か?それは腕を振り下ろすまでの一瞬、彼女の身体が少し横に傾いだように見えたからだ。ゆえにまた奇妙な行動をするのかと思い 警戒して一瞬戸惑ってしまったのだ。しかし予想に反して彼女は何をするわけでも無く そのまま崩れ落ちていった。
突然のことに驚きはしたが元々咬み殺すつもりでいたため 放っておこう、そう考えていた。なのに彼女の身体が地面へ向かって崩れ落ちる寸前 その横顔が酷く苦しそうで 僕は咄嗟に手を伸ばしてしまっていたのだった。
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背から伝わる温もり。誰かの手のような、そんな感触が酷く心地良く、自分がちゃんとここにいると言う事を教えてくれる。頭の痛みは既に引き段々と頭の中の霧が晴れていった。
霞が払われると自分の状況を理解し始める花凛。ああ、自分は地面に倒れなかったんだな、とぼんやりと考えた。
「(誰かが支えてくれているの?)」
自分を襲うはずの痛みがないことを不思議に思う。百聞は一見にしかず、と花凛は恐る恐る瞼を上げた。右を見て、左を見て――そうして次に正面に目をやれば、切れ長の目と視線が合った。
「……」
「……」
「……」
「君、重い」
「お、重…?!
(ひぃぃぃ!文句言いたいけどめっちゃ睨んでるー!)」
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