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「君がここの主ですか?」
オッドアイの少年はゆっくりと風羽へ問う。それは問いと言うよりも むしろ確認に近い。しかし当の風羽は質問の意味が分からず不思議そうに彼を見上げた。それから問いの意味を訊こうと口を開いたのだが
「(…え!?声が出ない…!?)」
幾ら声を出そうとせども 金魚のように口がパクパクするだけで。自分の身に起こったことが信じられず 風羽は喉元へ手を当てたがそれで声が出るようになるはずもなく 空気のみが口から出ていく。
オッドアイはそんな彼女の様子を興味深げに眺めていた。そして屈み込みスッと風羽の頬へ手を伸ばせば 安心させるように耳元でそっと囁く。
「クフフ…大丈夫ですよ、落ち着きなさい」
少年はそのまま抱き寄せ 自分の胸の中に閉じ込めた。そうしてまるで硝子のような壊れ物を扱っているかのように 風羽の頭を優しく撫でるのだ。
普段の風羽なら 初対面の人間にいきなりこんなことをされたならば 間違いなく銃を打っ放している。だが 見知らぬ世界に只一人取り残され 更には声が出なくなってしまった彼女は 何かに縋りつきたかったのだろう。抱き締められた風羽は彼の行為を嫌がるどころか むしろ自分から彼の背中に腕を回していた。
「おやおや、身体が冷えきっているじゃないですか」
彼は氷のように冷たい手に触れれば 驚いたように告げる。彷徨っていた間に 霧によって体温が奪われてしまったのだ。彼女を温めるようにオッドアイの少年が更にキツく抱き締める。が、しかし段々と落ち着きを取り戻してきていた風羽は 流石に恥ずかしくなってきて微かに抵抗をした。
「(てか…く、苦し…!)」
風羽の表情が若干苦しそうなのに気づくと 少年は力を緩める。そして彼は彼女がもう大丈夫だろう、と判断すると 突然風羽を抱き上げてスタスタと歩き出した。俗にお姫さま抱っこと言うやつである。
「(え!?何処に行くの…!?)」
突然のことに慌てふためく風羽。少年はそんな彼女を楽しそうにチラリと一瞥するが やはり何も言わず 歩みを止める気配すら見せない。
少年を下から見上げ 一体何をする気なのか、と不安に思いつつも 幾らか心に余裕が出来始めた彼女は(暇なので)色々分析し始めた。
「(っていうか…今思えば 私目茶苦茶恥ずかしい体勢なんだ…)」
風羽が真っ先に考えたのは己の置かれている状況。性格や強さゆえに 誰かに横抱きにされるなど初めての経験で 風羽の意思とは無関係に顔が熱くなる。赤い顔を見られまいと両の手で顔を覆ったが、その寸前 ふと視界の端で何かを捉えた気がした。
気のせいかもしれないのだが どうも気になる――恥かしさよりもに好奇心が打ち勝ち もう一度顔をあげた。すると 彼の赤い目の中に何やら文字が入っているではないか。
「(『六』?…あれ?なんかどっかで…)」
どうも風羽は自分が彼を知っているような気がしてならない。が、どんなに頭を捻ろうとも 彼と一致する人間はなかなか思い浮かばないのだ。彼のように変わった髪型、そしてオッドアイは 以前会ったことがあると言うならば 決して忘れるはずはないのだが…どうしたことだろう、と彼女は眉根を寄せた。どうやらこの世界に濃霧が掛かっているが如く 彼女の脳内にも靄が掛かっていて 上手く頭が働かないようだ。
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