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「(霧で前が見えない…)」
深い霧とひんやりとした空気が風羽の周りを包み込む。どこかで雫が水面に落ち 涼やかな音が響いた。湖が近いのだろうか。しかし濃霧のため 彼女の視力では湖の姿を確認することは出来ない。
大きな木々が連なって生えておりつい最近人の手を加えられたかのように綺麗に形が整っている。どうやら風羽がいる場所は庭か何かのようだが それにしては生き物の気配が全くしない。人間がいないのにどうして木々を手入れすることが出来ると言うのか。彼女は不自然な世界に首を傾げた。
深い霧の中を 赤い花弁がハラハラと舞う。なんの花びらだろう、と手を伸ばすが 手のひらに触れると雪の如く溶けて消えてしまい 後には鮮血のような液体が残るだけだった。
歩みを進めていくと周りに生えている木々の数が増えて行く。森に向かって進んでいるらしい、と推測するが やはり霧のためにそれ以上のことを推測することはかなわなかった。
段々と数を増す木々に比例して 先ほどまでは石畳で歩きやすかった道も今では獣道と化している。
「…ッ…」
成長し過ぎて地面からはみ出した木の根っこに誤って足を引っ掛けた。ここでいつもの風羽ならば空中で体勢を整えることが出来たのだが 身に着けている慣れぬ服装ゆえ 情けなくも地面へ倒れ込んでしまった。慣れぬ服装――というのも 彼女が現在着ている服はたっぷりと金のレースで装飾が施された紅いドレスで いつも制服やショートパンツ等暴れやすい服装をしていた彼女には まるで拷問されているかのように動きにくい格好だったのだ。
彼女は擦りむいた腕を擦る。右の親指には白銀に輝く指輪、首には炎を形どった翡翠のペンダント。転んだ拍子に多少着崩れはしたものの さながら何処かの姫君のような格好である。
――もうどれくらい歩いただろうか。
かれこれ2時間はこの不思議な世界を彷徨っていた。行けども行けども出口は見付からず 誰にも会わない。途中で歩き疲れて休憩しようとも思ったが 早く出なければ、と そんな思いが彼女を急き立て結局ずっと歩き通しだったのだ。
「(ここは…夢?)」
手に触れるもの 肌で感じるもの全てが非常にリアルで 現実となんら遜色ないこの世界。しかし彼女は ここが自分の生きていたところとは異なる世界だと確信し そして何故だか自分をこの場から追い出そうとする不思議な威圧感をヒシヒシと感じ取っていた。
風羽はヨロヨロと立ち上がりと再び歩き出そうと足を一歩前に踏み出す。が、
「(うわ!)」
踏み出した足に激痛が走り 図らずも地面へキスをしてしまった。どうやら先ほど転んだ時に 足首を捻ったようで。
「(くっそぅ…何でこんなところまでリアルなのよ…!)」
足首に目をやれば紫色に変色しており それは最早先に進むことは不可能だと言うことを示していた。誰も居ないがゆえに助けなど期待できるはずもなく 深い溜め息を吐く。
しかし風羽は すぐにそれが間違いだと気付いた。誰もいないはずの濃霧の中に 一つの影がうごめいていたのだ。常日頃から戦闘の中に身を置いていた風羽は 咄嗟に警戒する。そして霧の中の影にジッと目を凝らせば
「おや、うさぎか何かと思いましたが…」
独特な髪型をした美少年が不意に姿を現した。片方が青、もう片方が赤い色の珍しい配色のオッドアイである。彼は風羽の目の前まで歩み寄ると 上から彼女を見下しながらクスリと微笑んだ。
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