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 少し時を逆上ること、数分前。あれよあれよと言う間に置いて行かれてしまった花凛は、案の定町の中で迷子と化していた。


「道知らないって知ってるくせに置いていくなんて…風羽の鬼ぃぃ!」


 爽やかな朝の空気に、少女の声が響き渡る。近所迷惑だと言う考えは、途方に暮れ 困り果てている彼女の脳内には 存在していないのだろう。

 時刻は既に8時45分。入学式の案内には40分からと記載されており、恐らく急いで行けば入れてくれる。だが如何せん 道が分からない故 花凛は辿り着こうにも辿り着けないという、悲しい状況に陥っていた。諦めにも似た気持ちでなんとはなしに空を見上げれば、雲がゆったりと大空を流れており。


「お前は、呑気で良いなぁ…」


 世間一般に八つ当たりと称される行動だ。だが雲に八つ当たりをした天罰であろうか、カーン!と花凛の頭に遠くから空き缶が飛んできた。


「うぐは!」


 それは見事に花凛の頭へクリーンヒットし、前につん飲める。が、寸でのところで倒れてしまうのを避けズキズキと痛む頭を手で押さえた。


「うぅ…良いじゃん、他に当たるもの無いんだから雲に当たったって…!」


 分かっている。雲などに八つ当たりをしたところで状況は全く変らないのだから、無駄な行為に他ならない。そんなことは重々承知だった。しかし誰にだってやり切れないことはあるし、ましてや花凛と同じ境遇に立たされれば、雲にだって八つ当たりをしたくもなるというもの。それを分かって欲しい。

 無性に空しくなり、花凛は地面にしゃがみ込む。そうして地面を忙しそうに歩く蟻の観察をはじめ、5分も経たないうちに誰かに話しかけられた。


「君、何してるの?完全に遅刻だよ」

「…ん?」


 何処かで聞いたことのある口調。否、読んだことがある、といった方が正しいだろうか。


「(この話し方は…もしかしなくともあの彼だよね…)」


 ぼんやりそんなことを考えていると、スッと首筋へ氷の如く冷たいものが当てがわれた。


「ねぇ君、聞いてるの?」


 背中越しでもビリビリと殺気を感じた。花凛のような平凡な少女が正面から真っ向に受けてしまえば 十中八九正気を保ってはいられまい。


「(これはこれは…相当苛立っていらっしゃる…!!)」


 彼の機嫌が悪い時は"触らぬ神に祟りなし"をモットーに。漫画を読みながらそう考えていたことを思い出し、サァァっと血の気が引いた。しかしいつまでも黙っていれば瞬殺されることは間違い無い。ゆえにこれ以上怒らせない様にゆっくりと振り向けば見紛うこと無き「風紀委員長」がそこにいた。


 華奢で細身の身体、猫の様に柔らかく少しくせっ気の入った黒髪、釣り上がった鋭い目――黙っていれば 格好良い。黙って、いれば。


「もったいない…」




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あきゅろす。
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