執事三橋2
コンコン
「……隆也様、メアリー・コスメ社の方々がお越しになりました。」
ドア越しに声をかける。
部屋の中で微かに身じろぐ音が聞こえた。
「直ぐ行く。」
そう言われてホッとする。
また駄々をこねられたらどうしようと思っていたから、余計に。
ドアから離れて、客室へ向かう。
今回のお見合いは自分がセッティングしたものだ。
何としてでも成功して、婚約して貰わなければ。
きっと次に隆也様を騙して無断でお見合いさせようとしても、それは困難だろう。
隆也様の事だ、オレを監視しようとするかもしれない。
(…もう、オレ達は子供じゃないんだ。)
客室の扉を開け、お客様に「もう直ぐ主人は来る」と伝える。
メアリー・コスメ社はメイク製品で有名な会社だ。
それは隆也様の会社と肩を並べるくらいに。
そのご令嬢と御曹司が結婚すれば、更なる企業拡大が目論める。
「執事さん、隆也さんはどんなお方なのかしら?」
少しはにかんで問うのは、カレン令嬢。
茶目っ気があり明るく、(めんどくさがりな)隆也様を引っ張ってくれそうな女性だ。
もちろん容姿も大層綺麗だ。
「そうです、ね…
私が、このような事を、言うのは、差し出がましいかも、しれませんが、とても真面目で芯がお強いかたでございます。」
「へぇ…、そうなの!
それで?外見は?」
カレンのお付きの者が咎めるが、カレンは気にせず続ける。
「黒髪で、目つきは鋭くて、掘りが深いお顔立ちだと、私は思います。
隆也様ご本人は、タレ目気味、なのを少々気にしている、みたいですが。
けれども、容姿淡麗で、とても凛々しいと思います。」
「ふぅん、かっこいいのね。」
「カレン様も、大変お美しい、ですよ。」
「あら、ありがとう!」
「テメーはナニ口説いてんだよ。」
いつの間にか隆也様が客室に入って来てた。
思ったていたより、機嫌は良いようで内心、安心した。
というより、かなり外面を作っているように見える。
オレは執事や右腕といった立場柄、仕事中は隆也様と行動することはほとんど無かった。
この屋敷に訪問する人は、たいてい隆也様の昔馴染みだ。
隆也様は仕事相手を招かない。
だから知らなかった。
隆也様が、こんな張り付いたような笑い方をするなんて。
「初めてお目にかかります、カレン嬢。」
隆也様はゆっくりと微笑んだ。
完璧に、作っている。
ソファーに浅く座り、愛想の良い体を装っている。
「こんばんは。
初めてまして、隆也さん。
今夜は急だったもので両親がこれなくて、」
「こちらも同じなので気兼ねなく。
というか、今回のことは執事に嵌められましてね。」
ギロリと横目でオレを睨むのがわかった。
そんなこと、ここで言わなくてもいいじゃないか。
「あら、私も実はそうなんです。
こちらは両親にですけど。
それより、隆也さんのお噂は聞いておりますよ。」
「実は私もカレン様のお噂はかねがね。」
カレン様と隆也様はニヤリと笑った。
困惑するのはオレとカレン様の付き人。
噂ってなんだ?
訳が分からなくて、話が見えなくて、頭にハテナマークが浮かぶばかりだ。
「私達、同じ穴のムジナ、というのかもしれませんね。」
「そうですね。」
隆也様とカレン様は同時に立ち上がった。
そのまま、カレン様は優雅にお辞儀をして、屋敷を出て行った。
「隆也、様…、噂と、言うのは…?」
「ああ、それは、」
ドサッ!!
腕を捕られて、ソファーに組み伏せられる。
身体を捻ってもがくけれど、オレより一回り大きい身体が逃がしてくれない。
「アイツらもこういう事してるって意味だよ。」
首筋に顔を埋められ、チクリと痛みがはしる。
手首を強く捕まれていて、振りほどこうとしても適わない。
隆也様は何度も何度も噛みついたり、吸ったりして沢山の痕をつけたみたいだった。
ようやく満足そうに顔を上げた隆也様は、あの煽情的な目をしていた。
色を含んだ目線が、オレを突き刺す。
真っ直ぐに見つめる瞳は、どこか狩猟的でもあった。
「三橋、抱きたい。」
その言葉に、オレは目を大きく見開いて隆也様を見た。
だけど見つめ合っていたのは数秒だけで、隆也様は衣類を引きちぎりボタンを飛ばして無理矢理オレの肌に触れてくる。
性急に、荒々しく。
―――本気だ。
隆也様は、本気でオレを抱こうとしている。
そう思った途端に怖くなった。
「…たかっ、や、様!離してくだ、さい!!
誰か!いませんか!?」
精一杯暴れても、叫んでも、今この屋敷には隆也様とオレしかいない。
使用人達はもう帰ってしまっている。
やだ、やだよ。
やだ、やめて、やだやだやだやだ。
どうして、なんでこんな。
やだよ、やだ、
助けて、やだ、やめて。
やだよ。だって、だって…っ
「…っ、こわ、い…っ」
呟いた言葉に、隆也様の手が止まった。
オレの肌から離れていく。
「…泣いてる…」
隆也様はそっとオレの顔に手を伸ばし、涙を拭った。
本当だ、いつの間に、オレ泣いてたんだ。
「怖いのか、オレが。」
「!」
隆也様は痛みを我慢しているようだった。
目は雄弁に物語る。
それと同時に、色欲の名残が、瞳にちらついていた。
「…怖い、です。
でも、それは、隆也様じゃ、ございません。」
怖いと思ったのは、
「このまま、抱いて、欲しいと思った、私です。」
ああ、2年前もそうだった。
隆也様と私は身分が異なる。
隆也様の重荷にならないように別れを切り出した。
そうしたら、隆也様は無理矢理に私を抱いた。
その時だって、嬉しいと思ってしまった。
「私は、執事、ですのに…」
なんて浅ましい。
本来影で主人を支えるのが執事のあるべき姿。
このまま流れに身を任せたら、きっと隆也様に縋りついてしまう。
今まで通りなんて出来なくなる。
「なんだよそれ。」
「…え?」
「好きなだけじゃダメなのかよ?」
「…っ、」
「オレは主人とか執事とか、そんな事考えたこともねぇよ。
お前が好きなんだよ、だから抱きだいって思う。
それじゃあダメなのか?
お前がオレを受け入れてくれる為にはどうしたらいいんだ?
何をすればいい!?」
隆也様は泣き出した。
ボロボロと、子供みたいに。
「隆也様、泣かないで、ください。」
「…っ、みは、し。」
隆也様の涙が、重力でオレの顔に落ちてくる。
隆也様はしばらくしたら、オレの上で泣き疲れて眠ってしまった。
正直言うと重いけれど、それが幸せだった。
(…寝顔、久しぶりに見た。可愛いな。
独占欲が強くて、ワガママで、さびしんぼで。
隆也様は、本当に子供だな…)
さっきまでの事を忘れて、緩く笑ってしまった。
隆也様と出会って、オレは色んな物を隆也様から貰ってきた。
身よりの無いオレを、付き人として雇ってくれた。
一緒に遊んで、お世話をして、恋人同士になって。
(今度は、オレが返す番だ…)
「三橋!!三橋どこだよ!」
朝、目を覚ますと、三橋の部屋も物抜けのからで屋敷のどこにも三橋はいなかった。
阿部の机に辞表を残して。
阿部の自宅から少し離れた、阿部の本社で、消えた蜂蜜色の髪をした男は面接を受けていた。
この会社で、働きたいと。
社長の役に立ちたいと。
この新米社員が、昇進していって社長に会うのはまだ先の話。
[*返球][送球#]
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