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恋雨
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試験は塾の施設では無く、私の学校の近くのデパートにあるオフィスの一室で行われた。受験生は塾の時よりも少し多い、15人程度であった。塾で共に学んだ美菜や3人の男子メンバーは異なる場所や時間になってしまったのだろう、姿は見えなかった。


あの塾の課程修了認定を受けてから一か月が経っていた。美菜とは会えないものの、今だメールのやりとりは続いている。当然ながら、お世話になった講師の方々とはそれきりで特に連絡もとっていない。本当は今でも藤橋先生のことが忘れられず、彼女の有無関わらず、せめてメールアドレスだけでも聞きたいと思っていた。しかし、そんな勇気は私に無かった。それどころか、その日は藤橋先生の休日だったこともあり、挨拶すら出来なかった。他の先生以上に彼にはお世話になっているはずだったのに…挨拶も出来ないで恐らく一生会うことも無いなんて…。神様は意地悪だと思った。でも…それで良かったのかもしれない。先生には紗恵という素敵な女性がそばにいる。きっと上手くいけば2人は結婚するし、家庭を持つだろう。それはきっとそう遠くない未来の話だ。

その2人の未来に私なんかが入る余地は無いし、入っていい場所ではない。辛いけど…そういう現実(さだめ)だ。

だから神様は私を極力苦しめないシナリオを用意してくれていたのだろう。前言を撤回する。ありがとう神様。

本当は彼女をいる人を好きになった私は罪を懺悔しなければならない存在だった。でも神様はそんな私にも手を差し伸べてくれたのだ。ありがたいことだ。


試験に手ごたえはあった。私が苦手だった所も、美菜や藤橋先生のおかげで克服したので何の問題も無かった。だからきっと合格した。大丈夫だ。そう実感しながらデパートのエレベーターを下っていると、試験中に来たと思われるメールが受信boxにたまっていた。その数は10通。人によっては少ないと思うかもしてないが、あまりメールしない私にとっては量が多い方だ。半分以上がメールマガジンだろうと思って特にメールチェックはしなかった。家に帰ってからでも充分間に合うだろうと思って、私はデパートを出て、駅へ向かった。

駅のホームに着いて私は改めて今日の試験の問題を見ていた。結果は1週間後に郵送で自宅に届くらしい。1回頷いて、私はバックに問題集をしまい、メールチェックをするために携帯電話を取り出した。

3件はそれぞれ美菜、時音、勝が「今日の試験頑張れ」という内容のメールであった。6件はやはりメールマガジンだった。しかしもう1通はメールアドレスが登録されていない人だったのだろう。差出人が不明だった。タイトルも無題。本文には3文字。「頑張れ」

「私、塾の誰かにメアド教えたっけな…。」

塾では美菜にしか教えていない。他の三人の男子とは思えない。

「それか迷惑メールか…。拒否設定にしてるような気がするんだけど…。」

ホームに電車が到着したので、私は携帯電話をしまって乗り込んだ。メールのことはそれきりになってしまった。

一週間後、結果が自宅に届き、待ってましたと言わんばかりに封を破いた。中には「合格」の判子が押された紙が入っていた。

「やったー!!やったよ!!」

私は部屋で一人飛び跳ねた。早速、時音や勝、美菜にメールすることにした。返事はすぐに返ってきた。どのメールも「おめでとう」と祝福してくれた。
返って来たメールを見て、ふと先日届いた差出人不明の、本文が「頑張れ」だけのメールを思い出した。今だ誰かはわかっていない。美菜に聞いてもそのメールアドレスの持ち主は知らないと言っていた。学校の友人にあたっても、誰も心当たりがないのだと言う。

「合格したって言いたいけど、誰だかわからない人にメール送るのは嫌だな…でも、頑張れってことは私がテスト受けることを知っててメールしているんだろうし…。」

そう思いながら数日が過ぎていった。


学校での試験やレポートが終わって夏休みが近付いた頃、美菜が塾に御礼を一緒に言いに行こうと誘ってくれた。一応、合格の報告はお世話になったのだからしなくてはならないと思って了解した。

美菜と合流して塾に入ると、受付の人と菊名先生がこちらに気付いて「お久しぶりです」と声をかけて下さった。御礼を述べていると、宝先生と藤橋先生が一緒に受付の方に入ってきた。

「先生、2人で無事に合格しました!」

美菜が嬉しそうに2人の先生に報告していた。すると、ぼーっと突っ立っていた私に気付いた藤橋先生が「ちょっといいか」と声をかけ、2人で塾の外に出た。

「合格おめでとう。良かったな。」

「はい…これで来年の就活は何とかなりそうです。本当にお世話になりました。」

それから暫くお互いに沈黙が続いた。

「そういや…メール…見たか?」

突然先生が口を開いた。

「え…もしかして…。」

私は差出人の分からないメールを開いて見せた。

「そう、それ!」

「差出人不明だから誰だかわからなくて怖かったんですよ!先生だったんですか!」

「ごめんな…でもどうしても久留米には頑張って欲しかったから。」

「でも…このメールにも励まされたし…いいか。先生、応援ありがとうございました。」

「おう。これからもその資格を生かして頑張れよ。」



あれから3年が経ったのか、私はそう思いながら駅のホームで紙コップに入った抹茶ラテを飲んでいた。あの頃と何も変わらない景色に私は懐かしい気持ちになった。するとバックの中でスマートフォンのイルミネーションが光った。電話だ。

「もしもし?今仕事終わったから帰るね。え、今?もう駅まで来たよ。うん、じゃあまたね。」

あの頃と変わらない景色、変わらない抹茶ラテの味、けれどこの年月で変わりゆくものもある。


改札を出ると駅で一人の男性が私のことを待っていた。

「おかえり、望。」

彼はそう言って微笑んだ。あの爽やかな笑顔で。

「ただいま…。」



                        完

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あきゅろす。
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