[RO]世界には、毎日陽が昇って落ちているけれど、 「あぁ、寒い、寒い、寒いわ。 いくら奇跡を扱えたっていいことなんか なんにもないわね、わたしは魔術師の方が向いていたのかしら。…まぁいいわ、 今更遅いのだし。 どうしてここらではマッチがこんなに 高価いのかしらね、魔法が当たり前として平然と存在しているのがいけないのだわ。 …… …ちょっと、あなた、聞こえてる?」 え、あ、はい。聞こえてますが。 先刻から独り言のような言葉をつらつらと並べ立てている、白い法衣を纏った見知らぬ女性に、とりあえず私はそう返した。 「あら、そう。まぁこんなの、 別に聞いてなくても構わないのだけど。 いい?あなた、覚えておきなさいね。 世の中は、しっかり見聞しないといけないこと、適当に流していいこと。 全てに於いてこの二つから成っているの」 …はぁ、そうですか。 家屋の外壁にやる気なさげに凭れかかった女性は、私の方を見ているのだかいないのだか、尚も私論を展開し続けた。 「世の理の、そうね、まぁ99.5%以上は さらさら流して構わないことなの。 残りの0.5%をどれだけきちんと押さえられているか、たったそれだけが有意義な人生ってヤツを形作っていくのだから」 なるほどー… 「…だいぶ眠そうね、まぁいいわ。 そうよ、これは流して構わないことなの。 受け取るも受け止めるも受け流すもあなた次第だわ。 …さて、それじゃあ続けましょうか。 あなたはその大事そうに抱えた剣で、 いったい0.5%の幾ら分を仕留められたのかしらね?」 …え? 剣、? 「そうよ、さっきからずっと命みたく抱き締めてるじゃないの。 …うっすら魔力が視えるわね、鍛冶師が こさえたものかしら」 ……あ、 そう、そうなんです! なんで持ってるの忘れてたんだろう? お姉さん、これはですね、 私の一番大切な人が、 私のために作ってくれたんですよ! 思わず身を乗り出して話すと、女性は 楽しそうに綺麗に、だけどどこか寂しそうにくすくすと笑った。 …何が、おかしいんですか? 「ああ、ごめんなさいね、変な意味で笑ったわけじゃないのよ。気を悪くしないで。 … あなたは、人生を人生として過ごすことの出来た人なのね」 ふぅ、と溜め息をついて空を見上げたその女性の表情は、普通に話している風なのにやはりどこかしら憂えて見えた。 お姉さんの話、なんか小難しくって、 よくわかんないですよ… 「あら、そう? 別に何も難しいことなんかないわ。 あなたがその剣で、何を護って、何をなくしたのかって、それだけのお話よ」 … なくした? この不思議な人は妙なことを言うものだ。 だって私はなくしたものなんてなんにもないはずだもの、そう、護れたものはあったけれど、 「『ないはず』?どうして確証が持てないのかしら?自分のことなのに? 『護れた』?『あった』? それらはどうして過去形なのかしら。 これからは『護らない』から?」 女性は有無を言わさぬ声音で並べ立てると、この時になってようやく私と目を合わせてくれた。 …やっぱり不思議だった、全てをすっと 見透かしてしまうような、綺麗な紅い瞳。 護らないなんて私は言ってないし、 思ってもいません! あの時からずっと、今までだって、 これからも、私は、 あの人を護っていきたいって、 ずっと思ってます! 護らないなんていってません、 ただ、 「…わかったから落ち着きなさいな。 意地悪して悪かったわ。 『護れない』だけだものね」 まも、れない? 「さて、今までに『護れなかった』ものはなんだったかしら? 『ないはず』って?でもね、『ある』の。 …けどあなたがそう思っているのも仕方がないわね。それを『ある』と認めてしまったら、今の『ある』が『ない』になってしまうのだから」 ……今、ある、ものが、なくなる? でも、だって、私の大切なものは、 ちゃんとずっと… 「ええ、そうね。ずっときちんと在るわ。 でもね、あなたにはもうひとつ、大切なものがあったはずなのよ」 女性が壁から背を離し、ぴんと背筋を張って私の目の前に毅然と立った。 …きれいな紅い瞳が、見える。 光以外は、なんにも、 誰の姿も映していない、瞳が。 …あれ? あぁ、なんだ… なぁんだ、お姉さん、ないものって これだったんですか? あぁ、よかった、もう吃驚しましたよ。 すごくこわかったんですよ、 私はどれだけ大切な何かをなくして しまったんだろうって。 ……なぁんだ、よかった… 私がぎゅっと鞘に収まった剣を抱き締めると、女性はまた、瞳を細めて少し寂しげに微笑んだ。 ねぇ、お姉さん、そういうことは、 最初にハッキリ言ってくれなくっちゃ。 「そうかしら、それはごめんなさいね」 私ばかだからわかりませんよ、 ずうっと剣一筋だったんですから。 「そうなの?それは立派なことだわ」 …あぁ、でも、よかった… 亡い者って、これだったんですね。 「…、ええ、そうよ。」 少女が幸せそうに微笑むと、剣の鞘が煉瓦に落ちる音が響いた。 路地裏に射した明けの陽光は、 白い法衣を纏って立ち尽くす女性と、 古ぼけた一振りの剣だけを照らしていた。 [世界には、毎日陽が昇って落ちているけれど、落ちたことを忘れてまでも、陽光の剣で空を護ろうとするものもある] ―――――― 最後以外の視点とカギカッコのない台詞→何十年も前に、戦闘で恋人(恐らくBS)を護って死んだ剣士子。 白い法衣の女性→普通に生きてるアコのお姉さん。 古い剣→剣士子が使っていたもの。剣士子は時間の経過を体感していないので、彼女の意識下に置かれていた(事実上彼女の魂がとり憑いていた)時には普通に戦闘に使用できる状態だった。 お姉さんは永いこと彷徨っている剣士子のことをどこかで知り、供養しにきました。 もしかしたらもういい歳になった剣士子の恋人に頼まれたのかもしれませんし、 剣が持ち主の魂を救おうとしたのかもしれません。 陽が昇り落ちる=命が生まれて消える。 080603 [戻る] |