「愛してます、だから」 目を覚ますと、時計は深夜2時をさしていた。 隣に眠る彼を起こさないようにそっと身を起こすと、ふいに窓の向こうの月が目に入った。 朧月、というのだろうか。雲がかかって霞んで見えて、なんとも幻想的だ。 遠い昔は、この月がアタマをおかしくすると信じられていたらしい。 おかしな話だ、こんなにも綺麗なのに。 「……ん…」 ベッドに座りこんだままぼんやりと月を眺めていると、ふいに横から声が聞こえた。 「あ、すみません…起こしてしまいましたか?」 眠そうな目をぱちぱちさせている、いまいち覚醒していないらしい彼の髪を撫でる。 「…んー……こいずみ…どした…?」 寝起きの彼の声は、舌ったらずで少し掠れていた。数時間前、散々喘がせた名残だろう。 「いえ、目が覚めてしまいまして」 「…そっか」 そのまま彼はまた眠ってしまうかと思ったが、何故か寝転んだ姿勢のままサイドテーブルの方へ思いきり手を伸ばし始めた。 「んーっ…」 その姿があまりに可愛らしくて、思わず笑みが零れる。 「これですか?」 「あー、うん」 ペットボトルのお茶を取って手に持たせると、彼はなんと寝転んだままそれを開けようとした。 「ちょ…キョンくん、こぼしちゃいますよ?それにそのままじゃ飲めないでしょう?」 「…んー…」 「一旦起きて下さい、ほら」 「…うー……おこしてー…」 彼は本気で寝ぼけているらしく、ん、と両手を僕の方に伸ばしてきた。 ああ、なんて愛らしいんだろう。 気をつけてそっと腕を引っ張り上げると、意外に細い彼の身体は簡単に引き起こせた。 「…開けましょうか?」 「…うん…」 ペットボトルの蓋を力の入らない手でいじっていた彼は、すんなりそれを僕に手渡してきた。 まったく、普段からは考えられないくらい素直だ。 彼がこんな姿を見せるのは僕の前だけなのだと思うと、ある種の独占欲が満たされたのか、嬉しくて仕方がなかった。 彼にペットボトルを渡そうとして、ふと僕はいいことを思いついた。 「……?あー、古泉、なに飲んで…」 僕が口をつけると彼はやや不満そうな声をあげたが、すぐにそれは消えていった。 「……っ、ん…!」 口移しでお茶を飲ませると、彼は驚いて覚醒したらしく、一瞬抵抗した。 しかし頭を押さえこんだついでにぎゅっと抱き締めると、その手は押し返す代わりに僕のシャツを握り締めてきた。 ああ、愛しい。 「……ん…………っはぁ!!…古泉、お前…」 「すみません、…でもあなたが悪いんですよ?」 「は?」 「そんなに可愛らしいから…」 完全に目が覚めてしまったらしい彼は、僕の発言を全力で否定してきた。 「男が男に可愛いも何もあるか!!」 「だって寝ぼけている時のあなた、本当に可愛いんですよ?」 「知るかっ!!記憶にない!」 ああほら、そうやって顔を赤くして照れる様も。 本当に愛らしい。 ええ、ほんとうにね。 「…俺もう寝るからな」 くすくす笑い続ける僕に、彼は不機嫌そうに言って横になろうとした。 「あ、ちょっと待って下さい」 手を握って制止すると、相変わらず不機嫌そうだったがそれでも彼は起き上がって、次の言葉を待つ様に、眠そうな目でじっと僕を見つめる。 そうです、そんな優しいところも。 全部、何もかもが好きなんです。 「…なんだよ」 痺れを切らして口を開いた彼の声は、やはり眠そうだった。 「いえ、ちょっと外を見てもらえますか?」 「そと…?」 彼が寝ているのは窓側なので、今までずっと僕の方へ向けていた視線を反対側に回す。 窓の向こうを見た彼は、あ、と小さく呟いて、それきり黙り込んでしまった。 「…月…」 「綺麗でしょう?」 「だな…」 月明りに照らされる、あなたの横顔の方が余程綺麗だと僕は思うのですが。 …あぁ、だめだ。 月がヒトをおかしくするというのは、本当なんだろうか。 「キョンくん」 愛称を呼ぶことでようやく振り返った彼を、正面からきつく抱き締める。 抵抗されるかと危惧したが、意外にも彼はすんなり受け入れてくれた。 「好きですよ、本当に」 「……あぁ、そうかよ」 相変わらず素直でない態度に苦笑する。 そう、そんなところも全部が好きなんです。 「…なぁ」 ふいに、しばらく大人しく抱き締められていた彼が口を開いた。 「はい?」 その次の言葉は、僕を少々驚かせるには十分だった。 「お前さ…大丈夫か?」 「……え?」 僕がぽかんとしていると、彼は少し身動ぎして視線を合わせてきた。 「いや、なんか…いつもと何か違うような気がしたから。…気のせいならいいんだが」 そう言った彼の瞳は、真剣に僕を心配してくれていた。 それが嬉しくて嬉しくて、どうにかなってしまいそうだ。 「僕は大丈夫ですよ、あなたが居て下されば」 「……そっか」 微笑むと、彼は少し安心したような顔になって、また僕の胸に頭を預けてきた。 僕がたまに情緒不安定になることは彼も知っているから、今回もそれだと思ったのかもしれない。 そちらにしても、この病にしても、 彼が傍に居てくれなければどうしようもない、という共通点は確かにあるが。 「ねぇ、キョンくん」 抱き締められたまま、少しうとうとしはじめた彼に呼びかける。 「ん……?」 眠そうな目で僕を見上げるその姿が、あまりにも愛らしくておかしくなりそうだ。 本当に、ほんとうに。 「…愛してます、だから―――」 「ずっと一緒にいましょう?」 「死んで下さい」 「僕から離れないで下さい」 |