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[綱獄]Hate Hate Hate ,

「ねぇ、獄寺くん」

「どうしました、10代目?」

日の落ちかけた帰り路、珍しくいつもの空気の読めないのが居らず、二人だけになった時。
あなたはこちらを見ずに、窺っても何を思ってらっしゃるのか判らない目をして俺を呼ぶ。
次におっしゃる言葉は決まってる。


「俺さ、きみのこと嫌いだよ」

台本をそのまま読んだ様な、抑揚の無さ。

音だけ聴けば感情まで無い風に感じるが、言葉の意味だけをとれば、却ってその音程が不思議だ。

…もっと、なにか、込めるものがある時に使うのではないでしょうか、その台詞は。

言われる度にそう思う、という言い方を出来るくらいには、あなたは俺にこの無形の弾丸を放っていますね。







3年。
書いて表せばなんとも短く感じるが、実際に生きている身としてはそう味気無くもいかない時が経っても。


「…獄寺くん」

「なんでしょう、沢田さん」

あなたは少し背が伸びたけれど、俺はそれよりも伸びたから、身長差はむしろ少し開いた気がする。
あなたの部屋で相変わらずの勉強会をしていて、珍しく喧しいガキどもがいない時。
俺の服の袖をくいと引っ張って注意を引かれてから、きっちり視線をかち合わせて、あなたは俺を呼ぶ。
次に来る言葉は、わかってる。


「俺はきみのこと嫌いだからね」

少し早口に告げられた台詞はうっすら溜め息すら混じっているのに、その瞳だけが、奥深くに何かを隠して黙り込んでいた。

込められた感情がなにに向けられたものか判らず、やっぱり俺は心中で戸惑うしか出来なくて。

…何をそんなに思い詰めてらっしゃるんですか、あなたは。

こう言って、何もかも全部吐き出していただいて、受け止めて差し上げたいと考える程度には、あなたは俺に言葉で現せない何かを与え続けていますね。







6年。
言葉で表すだけでもそれなりの時間であると思えるが、過ごしてみてもやっぱりそれなりにそれなりな時が経過しても。


「ごくでらくーん」

「はい、綱吉さん」

もう少しいけるかと思った俺の成長は既にピッタリ止んだけれど、あなたは急激な変化こそ無くとも僅かずつ僅かずつ背が伸びて、最初に会った時の俺と同じ身長になったと先日喜んでおられましたね。

稀なことに例のあなたの家庭教師が別件の用事が急に出来たとかで少し外に出て、人気の無い道に停められた車の中。

ということは自分はこんなに小さかったのか、と、精一杯腕を伸ばしたあなたに抱きしめられながらぼんやり考えていると、耳元で名前が呼ばれた。
もしかしてあれをおっしゃるんだろうか。


「俺ねー、きみのことだーいっ嫌いだよ」

明日の天気の話でもするみたいに、のんびりした風に発された台詞。

久々に聞いた気がする言葉に目を瞬かせて、未だに細い身体をそっと抱き返した。

…そうですか、ありがとうございます。

そう返して、二人でくすくす子供みたいに笑いあえる程度には、あなたは俺を溶かして下さったし、俺はあなたを溶かして差し上げられたんだろうか、と考えた。







…10年。
かつてあの毛玉が本当にこうなるのかと疑った姿にアレがきちんと成長したというそれだけでも、年月というものは偉大だと感じる。


「隼人ー」

「は、はい…?」


日毎に観葉植物やらローテーブルやらティーセットやらコーヒーメーカーやら、終いには障子と畳マットなんてものが持ち込まれ、すっかりあなたの私室と化している本部の執務室。
どういうわけだか、俺達の他に何者の姿も影も見えない。外部と内部と緊急用、いくつかの回線が繋げられた電話は鳴る気配すらない。

ソファの上に仰向けに転がる形で倒された俺の身体に乗り上げ、顔の横に手をつく、…いわゆる押し倒している恰好で、それはそれは愉快そうにしたあなたが俺を呼ぶ。

…この空気には覚えがあるけれども、それにしたってまさかな、という思いの方が強かった。
けれど、あなたはいつだって、俺なんかの想像は笑顔で裏切って下さる。


「隼人なんか大っ嫌いだからね、俺」

それはそれは愉しそうに、子供のような瞳で告げるあなたは、ますます綺麗に微笑むと、俺の頬に軽く口付けを落とす。

ああ、何年ぶりに聞いたろう?音と言葉が全くかみ合っていない、チョコレートとオレンジを同時に口に放り込まれたような、妙に癖になるとんだ違和感。


「…ええ。俺も、ツナさんが嫌いですよ」

そう言って俺も微笑むと、あなたは一瞬動きを止めて、その綺麗な瞳を瞬かせる。
そして、腕で支えていた軽い身体をとさっと落とし、俺の首元に顔を埋めると、とても優しい音色が直接耳に吹き込まれる。

「言うようになったね。可愛いなぁー」
「それはどちらかと言えば世間的には貴方に当てはまる形容だと思いますよ」
「あ、ひっどい!身長とか結構気にしてるのに…」

ぱっと面を上げて頬をむくれさせる表情は失礼ながらやはり可愛く見えてしまって、思わずくすくす笑いを零すと、むうっと眉間に皺を寄せたあなたは口を尖らせる。

「いーの、俺にとって一番可愛いのは君だから」
「さっきまで大嫌いって言ってたじゃありませんか?」
「そうだっけ?忘れちゃった」

けれどそう言ってすぐにまたあなたはぱっと笑って下さる。
それは確かに可愛く見えたけども、
だけれど、もうひとつ。


「…俺にとって一番恰好良いのも、あなたですよ」
「……さっき大嫌いって言ったくせに」
「言ってません、嫌いとは言いましたが」
「隼人のくせになに無駄な抵抗してんの。顔まっかー」
「っ、ツナさん!」
「あっはははは!」

ぎゅっと俺を抱き締めたまま、子供みたくころころとひとしきり笑う。

そして、俺の顔の熱が引いた頃、あなたは今度は静かに口を開いた。


「ねぇ、隼人」
「はい」
「俺さ、君にひとつ言い忘れてたことあったんだ」
「…なんでしょう?」



「いくら好きって言っても足りない時、
俺は君に嫌いって言うよ、ってこと」

そう言ったあなたの瞳が、ほんの少しだけ不安げな色を持ってらしたから。
今度は俺から口付けをして背に腕を回した。


「ええ、もうずっと知ってますよ」


…少し嘘をついた。
いつから自分が気付いていたかは知れないが、少なくとも知ったのは今だ。

けれど別にそんなこと気にならなかった。

今、目の前でこうやって、あなたが幸せそうに笑っていて下さることが、なによりもなによりも大切なんですから。


「次からは、俺も使って構いませんか?
その言葉」
「うん、いいよ。いっぱい言ってね」
「はい」


(…これから一体俺たちは、どれだけその一般的には憎悪と否定の、二人の間では至高の愛を告げる言葉を交わすんだろうか)



  [Hate Hate Hate ,]















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