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それはもう、恋みたいなものよ(無関心青+銀)
【※スペとは関係ない/青については設定参照/金:戦術考察厨で強い 水晶:厳選廃人で強い】








「……くそっ!!」
 走れるだけ走って、森の中で息が切れた。
 あいつらにまた負けた。
 鍛えているはずだ、修行しているはずだ。データで見られるレベルだって上がっているはずなのに、どうやったって勝てない。
 いつも人を苛つかせる軽薄な笑みを浮かべたあの男と、会うたびに手持ちの顔ぶれが違う無表情なあの女に。
 やり場のない悔しさや怒りを抱えて、眼前の木を強く蹴り飛ばした。反動で脚が痺れて、崩れるように座り込んだ。


「キミ、どうしたの?」
 人の声にハッとして振り返ると、きょとんとした髪の長い女が立っていた。俺より少し年上に見える。
「ここは野生のポケモンがいるから、手持ちも装備もなしで来るのは……って、ボールあったね。トレーナーさん?」
「……放っておいてくれ」
 苦々しく言ったはずなのに、女は立ち去るどころか、俺の隣に腰を下ろした。
「私もトレーナーなんだよ」
「ああ、そうかよ」
「マサラタウンのブルーっていうの、よろしくね」
「……だから、放っておいてくれ」
「だって目が合ったらバトルするんでしょう?」
 思わず顔を上げると、青い目がじっと覗き込んでいた。
「今は……気が乗らないんだよ」
「そう? それは助かるな、私あんまりバトル上手じゃないから」
 女はそれきり黙ったが、そこを動こうとはしなかった。何か漁る音がすると思ったら、鞄から小さなアルバムのようなものを出して、俺に差し出してきた。
「……は?」
「見て見て、これ私の【ポケモン図鑑】なの」
 ポケモン図鑑。その名前の機械を、あいつらが……ゴールドとクリスタルが持っていた覚えがある。
 正直どうでもよかったが、女がにこにこ見つめてくるものだから、根負けしてそれを手に取った。
 最初のページには、今より幼く見える彼女がゼニガメを抱いて、年長の女性と写っている写真があった。
「ほら、この子よ」
 腰から外して見せられたモンスターボールには、カメックスが入っていた。正直、驚いた。お遊び感覚でポケモンをやっている若い女とばかり考えていたから、こんな珍しいポケモンを、それもここまで鍛えているとは思わなかった。
 その次からのページも、最初の印象とはだいぶ違うような写真が並んでいた。ビードル、カモネギ、ディグダ、進化したらしいカメール、コイル。
「みーんなずっと一緒なの。私の大切な仲間で、家族で、友達! 私は戦術とか考えるの苦手だし、上手い技の繋げ方なんかも思いつかないからバトルは上手じゃないけど……それでも、この子たちと一緒に旅できるだけですごく楽しいよ」
「……強くなる気はないってことか。女は気楽でいいな」
 女は肩を竦めると、突き返したアルバムをしまいこんだ。
「そうね、言い方を変えればそうだね。…………私には、ライバルがいなかったから」
 青い瞳が少しだけ遠くを見つめた。
「同い年の女の子で、バトルとかやるような子なんていなかった。ポケモンに興味ないか、動物の方が楽でいいって言うか、ポケモンは家にいるけどバトルなんかしないとか、そういう子ばっかり。ポケモンを戦わせて遊ぶのなんて子供っぽい、男の子のすることだってみんな言ってたの」
 特別興味があったわけではなかったが、ただその場を動きたくなかったから仕方なく耳を傾けた。なんとなく、例の二人のことを思い出した。
「けど私はずっと、ポケモンと一緒に旅をしたかった。バトルしながら、生活を共にして、一緒にいたかった。……同級生の男の子二人が、有名な博士からポケモンを貰って旅に出たんだ。すごく羨ましかった、私もそうしたかった。女の子からはバカにされたし、両親からはすごく反対されたけど、その博士と近所のお姉さんにお願いして説得してもらったの。それで、旅に出たんだ」
 女は立ち上がって伸びをすると、くるくる回ってこちらを向いた。
「でも、やっぱり男の子は違うなって思った! その先に旅に出た男の子たちが、羨ましかった。ああ、男の子同士の友情とか、ライバル関係っていいなって。私も男の子だったら、あんなふうにぶつかり合えて、気の置けない友達が作れたのかなって」
「男だろうが女だろうが、全員がそうなれるわけじゃないだろ」
「そうね。でも、キミにはいるんじゃないかなーって思ったの、そういうライバル」
 思わず驚いて顔を上げた。無意識に俯いていたことにもそのとき気付いた。
「なんか、絶対負けたくない相手に負けた、って顔してたから。……追いかけて、追いつきたくて、追いつけなくて、でも止まらなくて、届かなくて、やり場のない気持ちをどうぶつけたらいいかわかんないって感じ。それはもう、恋みたいなものよね。ライバルってそういうものじゃないの?」
 羨ましい、とネガティブな感情について語っているにもかかわらず、女は楽しそうに笑っていた。


 俺は立ち上がると、砂を払ってボールを確認した。
「行っちゃうの?」
「ああ。……それとも、バトルするか?」
「じょーだん。キミ、強そうだもん。私の知ってる男の子たちほどじゃなさそうだけど」
「……そんなに強いのか、そいつら」
「とってもね。なんたって私の知り合いの方はトキワジムのリーダー、そのライバルの方はシロガネ山の伝説だもん。……キミのライバルもすっごく強そうだけど、世界って自分が思ってるより広いかもよ?」
 視界が開けたような気分だった。ゴールドとクリスタルの背を追うのが精一杯で、それより先に何かがあるだなんて思いもしなかった。
 あの二人の先には、何があるんだろう。あの二人は、後ろの俺を見ていないなら一体先の何を見ているんだろう。
 追いつこう。今を踏み外さないようにして、前に進んでいけばいい。その先のことは、それから考えればいい。
「なら、アンタにも一つ教えてやる。確かに俺にはライバルがいる、それも二人。そのうち片方は女だ。今の時点では、俺よりも腕が立って、もう一人の男より好戦的だ」
 女はきょとんとした顔をすると、力が抜けたように笑った。
「ホント、世界って広いのね。そんな女の子がいるなら、会ってみたいな」
「会えるだろうよ、いつか。……俺はシルバー。アンタ、名前、なんて言った?」
「ブルー。マサラタウンのブルーよ」
「覚えておくから、今度会ったときはそのアルバムのポケモンたち、鍛えておけよ」
「……もちろん!」
 つられて俺も少しだけ笑って、ブルーと名乗った女と別れて森の出口へ向かった。






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