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タマゴにまつわるエトセトラ Act.Luna(シル+ブル+ゴー)
【※青銀姉弟がタマゴを温める話】






「日付変わる前には迎えに来るからよ」
「おいゴールド、オレは」
「おっとっと、他に預けに行けとか言うなよ? オレはお前に頼んでんだぜ、シルバー! んじゃ、そいつのことよろしくな!」
 ゴールドはまくし立てると、いい笑顔で勢いよく扉を閉めて出て行った。
 残されたシルバーは追いかけようとノブに手をかけて、そこで動きを止めた。
(いや、抱えたまま走っていいのか? そもそも、簡単に温めると言っても……)
 左腕に抱いた白いタマゴを凝視して硬直する主人を、ニューラが心配そうに見つめていた。


「……つまり、育て屋のバイトに連れて行って万一ヒビでも入ったらシャレにならないから、一日預かって欲しいって言われたのね?」
「……どうしよう、姉さん」
「ゴールドはいつもどうやってたの? あたしより一緒にいる時間多いから見てるんじゃない?」
「いや、それがよく……いつも自然に持ってて」
 本気で悩む弟からタマゴを受け取って、姉もまた表情を強ばらせた。
「お、落っことしそうで怖いわね」
「……ベッドの上から動けないんだ」
「……なんかあったかいけど、なんのタマゴか聞いてる?」
 シルバーは軽く首を横に振って、ブルーが恐る恐る差し出したタマゴを慎重に抱き直した。
「あいつも知らないらしい、いつも持ち主から聞かずに預かると」
「預かるって……じゃ、その子、預かり物の預かり物なの!?」
「……そういうこと」
 二人は硬い殻にそっと触れて、それが“生きている”ことを改めて理解した。同時に、揃って整った顔に困惑や動揺の色が浮かぶ。
「……どうしよう、姉さん」
「……どうしよう、シルバー」
 タマゴを抱えて溜め息をつくまだ幼い主人たちの肩を、プリンとニューラがぽんぽんと叩いた。


「ちょっと、トイレ」
「あ、じゃあたし抱っこするわ」
 ブルーはベッドに腰掛けると、大して重くもないそれをこわごわ抱いた。
「ねえこれ、一人だったらお手洗いもご飯もなーんにも出来ないんじゃないの?」
「……ゴールドは普通に抱いたまま生活してた」
「……やるわね、孵す者……」


 主人が腹の辺りで抱いた白いタマゴを、ベッドの上に乗り上げたプリンとピクシーが興味深げに覗き込む。ブルーは二匹と目を合わせて、まだ弟が戻ってこないことを確認すると、盛大に溜め息をついた。
「やーねー、タマゴごときでこんなテンパっちゃって。あたし将来お嫁とか行ったらどうするのかしら……昔のシルバーくらいの大きさの子供なら面倒見れる自信あるけど、もっと赤ちゃんの段階があるんだし……人間の赤ちゃんとポケモンのタマゴ比べるのがおかしいか……」
 プリンの大きな青い瞳と目が合う。ブルーはしばし逡巡して、閃いたとばかりに勢いよく面を上げた。
「ポケモンの……ぷりり! 女の子よね? これ抱っこしてみない?」
 ブルーのプリンは大きな瞳をぱちぱち瞬かせて、白いタマゴを受け取った。しかしプリンの手の位置の関係上両手が回らず、片手でなんとかつまんでいる、という不安定な状態だ。
「……体形的に無理かしら……選手交代、ピッくんお願い」
 ピクシーは両手で挟むように持つことができたが、やや身体から離した状態になってしまい、どうも温めているという風には見えなかった。
「カメちゃんじゃ潰しちゃいそうで危なっかしいわね……ブルーじゃ小さいだろうし……ケーちゃんは体温が〜……」
「……ヤミカラスも試す?」
「そうね! ヤミカラスも…… ……おかえり、あたしがバカやってるの見てた?」
「ごめん、見てた」
 ブルーはあっちゃあ、と呟くと、頬をうっすら赤らめてタマゴをピクシーに渡させた。
「けど、やはりポケモンに抱かせた方がいいかな」
「そうよね、ポケモンのタマゴなんだし。蛇の道は蛇じゃないけど」
 ボールから出てきたヤミカラスは、主人の手招きに従うと、不思議そうな顔ながら枕の上に安置されたタマゴを抱き始めた。
「あっ、いいわねこれ」
「ヤミカラス、そのまま抱いてろ」
 こくりと頷く黒い頭を確認すると、二人は脱力してベッドに倒れ込んだ。
「あ〜〜なんか解放された気分だわ……」
「とりあえずこれで……」
「もーあたしお腹すいちゃった、シルバーは? なんか作ろうか?」
「あ、うん」
「じゃちょっとそこのスーパーまで行ってくるわね。どうせ調味料もロクにないんでしょ」
「……なんでわかるの?」
「あんたのことはなんでもわかるわよ」
 くすくす笑うと、ブルーは財布を掴んで軽い足取りで出て行った。


「疲れたら呼べよ」
 一声鳴いたヤミカラスの頭を撫でると、シルバーは黒い羽毛に覆われた白いタマゴをぼんやり見つめた。
 初めに手渡された時、不安だった、怖かった。はっきり生きて動いているポケモンを見たところで、どんなに小さくてもそうは思わなかったのに。自分の腕の中に、まだ生まれてもいない命があることに動揺した。きっと姉もそうだったのだろう。
 いつだったか、こんなものを日常的に抱えている奴が言っていたことが脳裏を過ぎった。
“タマゴは人間のガキより頑丈だけど、それよりずっと弱いんだ。だって、自分で助けを呼べねえんだから。守ってやる親のポケモンや、こうやって抱いて温める人間がいなきゃ、この硬い殻があったってその中で死んじまう。こいつ生きてるんだぜ、だから、守ってやるんだ。無事に生まれてくるまでな”
 深く長い溜め息を漏らすと、シルバーは黒い羽毛の上から殻に触れた。じんわりとあたたかいような気がする。
(……いや、オレには無理だ)
 声には出さなかったが、その後には例の男への尊敬に似た念が続いていた。


 昼食とも夕食ともつかない時間の食事を終えてしばらくした頃、抱卵していたヤミカラスが不安そうにか細く鳴いた。
「きついか?」
 続く鳴き声に、シルバーとブルーは顔を見合わせた。長年一緒に過ごしてきたからこそ、お互いの気持ちが手に取るようにわかった。
 とても不安だ、出来ればもうこの腕で抱きたくはない。そしてきっと、タマゴにとってもその方がいい。
 シルバーは手持ちのボールをずらっと並べて確認した。
「……オーダイル、キングドラ、ギャラドス、リングマ。ニューラ」
「……やめといた方がいいわね。うーん、やっぱりメタちゃんしかいないか」
 出されたメタモンを見て、シルバーはヤミカラスを戻すためにボールを構えた。
「こいつに変身させる?」
「ん…………あ、そのつもりだったんだけど、もっといい方法思いついちゃった! あたしったらなんで今まで気付かなかったのかしら!」
 途端に明るい表情になったブルーは、不思議そうに自分を見るシルバーの手をぎゅっと握った。
「シルバー、今朝以外にもゴールドはここに来たことがある?」
「ある、二回くらい」
「玄関先だけ? それとも上げた?」
「一回は泊めた、というか成り行き上そうせざるを得なかった」
「上等! さあ、探すわよ!」
「……? 何を……?」
「そーんなの、決まってるじゃない!」
 ブルーはにっこり笑ってウィンクすると、タマゴとヤミカラスをシルバーの手に押し付け、シーツを捲ってじっと目を凝らし始めた。




 どんどん、と乱暴に扉を叩く音が、深まった夜に響く。
「シルバー! オレおれーゴールドだけどー! ゴメン遅くなった!」
 開かれた扉の向こうにいたのは、ゴールドにとってはやや予想外の顔だった。
「あれ? ブルー先輩? お久しぶりッス」
「久しぶり! ふふ、子守の助っ人で呼ばれちゃったわ」
「うへぇ、シルバーの奴……なんかすんません、巻き込んじゃったみたいになって」
「気にしないで、貴重な体験できたわ。さ、上がって」
「あ、どーも。お邪魔し…………」
 ゴールドにとってかなり予想外に、室内には今自分を出迎えたブルーを除いて、人影が二つあった。
 そして完全に予想外だったのは、そのうちシルバーではない方の姿だった。
「………………シルバーくん、そこのハンサムな美少年、誰?」
「……姉さんのメタモンだ」
「ちげーよ、いや理解はしたが、そういうことを訊いてんじゃなくてだな……メタモンだとして、なんで、オレに変身してんの?」
 ゴールドの姿をしたメタモンは、やや申し訳なさそうにぺこりと軽く会釈した。その腕には、薄いピンク色になったタマゴが抱かれていた。
「話すと長く」
「おおおおお!? タマゴちょっと成長してんじゃん!! なになに!? どうやったんだよ!?」
 シルバーを突き飛ばす勢いでタマゴに飛びついたゴールドに、ブルーが満足げに微笑んだ。
「前に、エンテイの炎の性質をドーブルのスケッチでコピーできたって話を聞いたからね。ひょっとしたら、多少でも“孵す者”の能力もコピーできるんじゃないかと思ったの」
「さっすが先輩! まさに才色兼備! 才気煥発! タマゴ渡しただけで不安そーにオロオロしてたコイツとは大違い!」
「なっ!? 誰が……」
「チッチッチ、顔見りゃわかるっつーの。ま、だから今回はお前に頼んだんだけど。ようオレ、そいつ預かるぜ。サンキュな」
 メタモンはゴールドにタマゴを手渡すと、元の姿に戻った。ブルーとシルバーは、ゴールドの手に渡った瞬間にタマゴが微かに中から揺れ、色が見る間に濃くなったのに気付いた。
「すごいわね……やっぱり、オリジナルにはかなわないわ」
「いやいや、十分ッスよ! ありがとうございます! ずっとあいつが抱いてたんスか?」
「ううん、メタちゃんは夕方くらいから。それまでシルバーのヤミカラスと、あたしたちで温めてたの」
「ふーん、なるほどね」
 ゴールドは両腕でしっかりタマゴを抱くと、そっぽを向くシルバーの脚を軽く蹴った。
「おいコラ、お前なに先輩とかポケモンに頼ってんだよ」
「……じゃあ預けるな、オレは最初から無理だと言ったはずだ」
「相変わらずムカつく野郎だな……ま、先輩の話聞くにお前もちょっとは抱いたみたいだし、勘弁してやっか」
 ずいっと眼前にやや大きくなったタマゴを突きつけられ、シルバーは思わず後ずさった。
「あのな、オレはお前に、タマゴの命ってもんをわかって欲しかったからわざわざ預けたんだよ、わかる?」
 至って真剣なゴールドときょとんとするシルバーをよそに、ブルーがくすくす笑った。
「そんな気がしたのよねー」
「!」
「だって、あんたから聞いたゴールドの家の様子の限りじゃ、出かけるならお母さまに預ければ済みそうなんだもの」
 髪質も性質も息子にそっくりなあの家の母親を思い出して、目の前のタマゴをちらりと一瞥すると、シルバーは重く長く深い溜め息をついた。
「まあその感じじゃ、だいぶ理解したみてーだな?」
「……嫌というほどにな」
「ついでにあたしもね。ホント、色々考えさせられたわ」
 シルバーとブルーがあれほどおっかなびっくり抱いていたタマゴを、ゴールドはごく自然に腕の中に収めている。生まれ育った環境、という言葉がブルーの脳裏をかすめた。
「さてと、んじゃきょうだい水入らずのとこ邪魔しちゃ悪いし、オレはそろそろ……」
 言葉を途中で切ると、ゴールドはタマゴをじっと見て、何かを確認するように顔を寄せた。そして視線を一度窓の外へ向けると、また二人に向き直った。
「……っと思ったけど、もうちょっとだけ付き合ってもらっていいスか?」




 月明かりだけが頼りだと思っていた屋外は、存外明るく、足元もはっきり見て取れた。
「あら……明るいと思ったら、そろそろ満月なのね」
「一体なんなんだゴールド、姉さんまで連れ出して……」
「だって先輩も温めてくれたんだろ? ならやっぱ見たいかなーと思って」
 二人が内心首を傾げると、ゴールドは適当に開けた場所で立ち止まり、抱いていたタマゴを頂くように天に掲げた。
「なあ! そこの代理父ちゃんと母ちゃんが、お前の顔見たいってさ!」
 しんと空気が静まり返る。思わず顔を見合わせた二人は、どちらも同じように薄い不安を表情に乗せていた。肝心のタマゴを持つ人間はどこ吹く風、自信に満ちた笑みを湛えている。
 ぱき、と、静寂に切り込むような小さな音がした。息を飲む。
 今度は見えた。タマゴから確かに殻が散り、少しずつ、少しずつヒビが広がっていく。まだ満月に届かない月の光は、その様子を余すところなく照らし出していた。
「……あ」
 どちらともなく気の抜けた声を漏らすと、大きな殻の破片がぽろぽろと地面に落ちた。ゴールドは残った破片を除けてやって、半分ほどになったタマゴを腕の中に戻すと、幸せそうに微笑んだ。
「よ、誕生日おめでとう、ちっさいポケモンよ。ちゃーんと生まれてきてくれて嬉しいぜー」
 小さな鳴き声や無事に動いていることを確認すると、大事にそれを抱き直して、どこかぼんやりしている姉弟に近付く。
「ほら」
 恐る恐る二人が覗き込んだ殻の中いっぱいに、月の光を浴びながら、小さなピィが手足をばたつかせていた。
「親はピッピかピクシーだったみたいスね」
「わぁ、ちっちゃいピッくん! かっわいい……!」
 手袋を外して、指先でそっとピィを撫でるブルーを尻目に、シルバーはわからないという顔でゴールドに向き直った。
「……どうして、ピィのタマゴだとわかったんだ」
「あん? いや、わかったわけじゃねーよ。今生まれたの見て初めて知ったし」
「じゃあどうして月の光を浴びせた?」
「……どうしてって言われてもな、なんか、タマゴがそうして欲しそうだったから、としか言えねえ」
 目を瞬かせるシルバーに、ブルーが柔らかい笑顔を向けた。
「いいじゃないそんなこと、無事に生まれてこられたんだから。ほら、シルバーも抱っこしてみなさいよ」
 殻から取り出されたピィは、シルバーの両手に抱かれると、殻に戻りたいとぐずるように手足を泳がせた。
「……暴れているが」
「テメーが不審者だからだ。先輩みたくそーっと撫でてみ」
 手袋を外し、壊れ物を扱うように頭のあたりを撫でさすると、ピィはだんだん落ち着いていった。
「あんたやあたしがあっためて、孵したのよ」
 ブルーの言葉に応えるように、ピィがにこっと微笑んだ。
「初めての孵化体験はどーよ?」
 楽しそうに笑うゴールドにピィを手渡すと、肩の力を抜いて、シルバーも少し表情を緩めた。
「タマゴの時より、暴れてくれるこっちの方がよっぽど楽だ」
 ゴールドとブルーは顔を見合わせると、違いない、とこぼして今度は声を上げて笑った。




120227




「そういやさ、メタモンがオレに変身してたけど、あれどうやったんだ? 当然オレいない時だろ?」
「それは……」
「あら、簡単よ。写真なんかで見た目はわかるし、後は遺伝子情報さえあればメタちゃんの変身はパーフェクトだもの」
「遺伝子情報〜?」
「あなたたちがお泊りするくらい仲のいい友達でよかったわ、すぐに見つかったもの。髪の毛。」
「……なーるほど、オレのはシルバーのともブルー先輩のとも色も長さも違う、と」
「そゆこと。またいつこんなことがあるかもわからないし、シルバー、ゴールドの髪一本取っておいたら?」
「嫌だ」
「先輩それオレも嫌ッス」
「あらやっぱり? おほほほ!」


 












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