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[正→(←杏&帝)]黄色鎖が絡め取る


(杏里、帝人、)


瞼を開くと飛び込んでくる、黄の鎖が俺を絡め取る。





気が付くと街に居た。いや、街の形をした夢の中にいた。
だって現実の街は、道路から信号からビルから空から全て灰色だなんて有り得ないから。
第一、見渡すまでもなくここには人っ子一人いない。
それこそ、俺の目に映るこの灰色の池袋が夢である確証だ。
記憶の整理中に表出する光景としては、毎日過ごしている街の景色なんてこの上なく自然。
どうせあっという間に意識が浮上して目が覚めるに決まっている。

それにしても、冗談抜きで誰もいない。
自分以外の人間が一切登場しないタイプの夢か。
おまけに視点者である自分の全身は当然見えない。

視界の端に映る腕から、来良の制服ではなく私服らしいことはわかった。
鞄は持っていない。
ポケットに手を突っ込むと出てきた携帯が唯一の所持品らしい。
こんな現実から乖離した夢の中に電波が届くはずもないので、溜め息ひとつくれてやって仕舞い直した。


ふいに、強い風が吹いた。
思わず吹いてくる方へ目をやると、心のどこかでこの灰色の街の合間に捜し求めていた姿があった。


(…杏里、帝人、)


見慣れた制服姿の二人に、緊張が解けるのを感じた。
気付かない内にこの色のない街並みに圧迫されていたらしい。

駆け寄ろうとした。
いつものように、一面的には俺の真実で、多面的には演技でもある軽口を叩いて、二人の間に飛び込もうとした。
そして二人に向かって右手を伸ばして、

黄色い布が巻いてあることに気が付いた。



俺は走った。ただひたすら、二人に背を向けて、右手の黄色を隠しながら走って逃げた。
夢の中でも俺は逃げているだけなのか。
二人はこちらに気付いてもいなかったのに、慄然とした。
頭の先から脊髄に氷柱でも突き刺されたように、ぞっとした寒気が駆け巡った。

(…助けて、)

曇り空に侵食された無限回廊の街を走って逃げ続けた。
右手には、雁字搦めの鎖のように黄色が絡み付いている。肌と融け合っている気さえするほど、強く強く絡め取られていた。

走りながら、携帯を取り出した。

もう何も考えていなかった。
開いたアドレス帳には、番号が一つしか登録されていない。

(助けて助けて助けて、)

見覚えがあるなんて軽くて浅いものではない。
俺はこの番号を記憶している。

(知られたくない、侵されたくない、)

折原臨也の電話番号を、俺は記憶している。

操られたように発信ボタンを押そうとする指を必死に理性で抑制する。
幾度目かに震えた指が助けを求めようとした時、突然、携帯が鳴り出した。
非通知の着信だった。
意のままにならない身体は、勝手に通話ボタンを押していた。

(だから)


《でも、逃げられないよ?》


記憶の根底にこびりついて染みになった、少女の声だった。







「うあっ」

 自分の間抜けな悲鳴に意識を呼び戻された。
 日は昇ってはいるが、まだ陽射しが弱い。

「……アホか俺。夢じゃん」

 寝汗がひどく、前髪が額に張り付いていた。
 寝巻きもじっとりと湿っていて、まさに最悪の寝覚めだ。

 携帯を開こうとして、刹那硬直した自分に失笑するしかない。
 日曜日、午前六時ちょうど。
 最後のメール送受信は竜ヶ峰帝人、電話発着信は園原杏里。


 あれが悪い夢でよかった。
 真実混じりの虚構ほど性質の悪いものはないと、今回再認識した。

 ほんの少しでもその真実を忘れたくて、逃げることしかしない俺は、最新の留守録を再生してメールの受信画面を開いた。

『―午後七時十八分、一件です。ピーッ ……あの、もしもし、園原です…えっと、さっき…電話、すみません、コンビニに行ってて……何かあったら…その、掛け直してもらえますか。すみません……あっ、電話代がまずかったら、またこちらから掛け直 ピーッ 再生を終了します』
【From:竜ヶ峰帝人 Sub:(non title) 本文:慣れればどっちだって変わらない気もするけど、やっぱり僕はPCの方が楽かな。紀田くんは尋常じゃなく携帯の入力速いよね。 じゃあそろそろ寝るね、おやすみー】


 おかしい。つい今しがたまであんなに鬱だったのに、何故これだけで元気が出るんだ、俺。
 悪夢の残滓も若干薄れたような気がする。そうだ、今日は二人を誘って遊びに行こうか。

 これでいいんだ。そう思い込まないと何かが崩れそうだ。いいんだ、今はこれで。


(杏里、帝人、)


 だって二人とも、まだ俺と一緒にいてくれてるんだしな。




(だから今だけは、あの厳酷な黄の鎖を忘れていたい)


100411














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