アリ←魔理[死話]
秋も宵の口かと、盃片手に月を見上げる丑の刻。私の傍らには、今はもう動かない人形が座っていた。
満月とばかり思い酒を用意したはいいものの、今夜は十六夜だったらしい。
夕刻になってすぐに気付いたが、一度決めた予定を変えるのは如何なものか。ということで今、こうして月見酒に興じている。
「…ま、これもまた一興、ってか」
返す者もなくひとりごちて、また一杯盃をあおった。これは八雲紫がどこからか持って来た得体の知れない酒だったが、なかなか気に入った。
まだ霞みもしない頭は存外冷静に、却って今夜のほうが良かったかも知れない、と思った。でなければ、きっと思い出してしまうところだった。
「…この夜をば、かの夜かと問ふ望月の、欠けたることもなしと思へしか…」
あの夜、二人で戦って泣いて笑った夜。たとえ月が狂っていようと、あれ以上の時はなかったと今なら思える。
あんな夜は、もう二度と来ないとも。
「……やばい、泣きそう」
思わず人形を手に取って、そっと自分の膝に乗せた。冷たくはないが、もう魔力の残滓さえ感じられなかった。
「あーあ。バァーカ」
月にか空にか人形にか、それによく似た誰かにかは知らないが、私はそう言い放ってまた盃をあおった。
異国の酒の不思議な味が、心の隙間にじんわり沁みた。
(今夜はあの日の夜なのか?…ああ、あの夜の満月は、欠けることなんて無いと思ったのだけどな。)
――――――
元は「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」。藤原道長。
090709
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