遠藤探偵事務所の事件譚
Day4-5
洒落た男にはバーボンがよく似合う…
裏の世界では俺の名を知らない者はいないだろう。
触るものみな傷つける、そんな俺に付いたあだ名は…
錆びたジャックナイフ!
研ぎ澄まされたナイフとは違い、一度刺さると簡単には抜けない。
そんな致命的な傷を残す錆びたナイフ。
切れ味は無いが、その分一撃で仕留める。まさに俺のことだ。
おーっと、俺に触ると怪我するぜ?
そうさ俺は強い。
だからこそ無敵でいられる。
そこに隠れてるのはわかってるぜ?
さあ!居るなら出てこいよ!
…パーティーの始まりだぜ!!
「…って、妄想で意気がってみたものの、怖いものは怖いいぃぃ!!」
目しぱの部屋に一人で入ったはいいが、あまりの静けさでびびりまくる遠藤が居た。
部屋は思いの外広く、玄関から順に調べていく。
バスルーム、お手洗い、リビングルーム、そして寝室。
そこには誰もおらず、部屋だけがただ荒れていた。
「ボス〜…目しぱさん居ました?」
玄関の扉を少し開け、隙間から砂羽と管理人が顔を出している。
「いんや。どうやら誰も居ない」
その言葉を聞くと、二人も部屋へと入ってきた。
『ありゃー。えらい荒れようじゃわい』
管理人も辺りを見回しため息をついていた。
「なんですかこの部屋?!泥棒?!」
砂羽は驚いてキョロキョロと見回している。
「あー…なんかさっきまでここに目しぱさんとそれ以外の誰かが居たらしい」
なんでそんなことわかるんですか?と首を傾げる砂羽に、隣の住人から聞いた内容を伝える。
「え?てことは目しぱさんは自分でやったって話してたってことですか?!じゃぁもう逃げてるんじゃ…」
「いや。それだけじゃない。この部屋の状態、自分が犯人なら、なぜこんな状態になるまで争う必要がある?」
確かにさっきは何も考えず部屋に飛び込んだが、冷静に考えるとおかしな点が多々ある。
飛び出したというのなら何故、部屋は施錠されていたのか。
合意の元で話していた相手と外に出たというのなら、部屋が荒れているこの状態が疑問になってくる。
少し考えて砂羽が口を開くを
「…待ってください。てことは目しぱさん以外の誰かもここにいて、何かで争ったあげくに飛び出したってことですか?!」
「状況的には恐らくそうだ。でも腑に落ちない点も多い。とにかく管理人さんは警察に連絡してください」
おーそうじゃなと、管理人は部屋を出た。
しかしこの部屋に居たのは誰だ?
目しぱが犯人である告白を聞いた上で争いになる人物。
太虎に関係のある人間だろうか。
「とにかく早く探しに行かないと!」
砂羽は玄関に向かい走った。
すると、大きな音を立てて玄関の扉が開き、そこには凄い形相のみーきゃんが立っていた。
『はぁはぁ…目しぱさん!居た?!』
だいぶ息を切らせているあたり、全速力でオンザライスしてきたのだろう。
玄関の扉を開け膝に手をついて呼吸を整えている。
後ろには【勘弁してくださいよ〜】といいながら付いてきた部下達が数名ヤンキー座りで息を切らせていた。
「もう目しぱさんはここには居ない。でも誰かと争った形跡があるから調べた方がいいぞ」
遠藤は住人の話し、ここまでの経緯をみーきゃんに説明した。
『全て目しぱさんがやったってことなの?』
「たぶん。本人が、やったのは自分って言ってたらしいから間違いないだろ」
『じゃぁどうして誰かと争う必要があるの?』
「そこなんだよ。恐らくこの部屋にいたと思われるもう一人の人物は目しぱの犯行を知った上でこの部屋を出ている。その人の身が危ない。とりあえずここに誰が居たのか特定してほしい。でなきゃ何もわからん!次の犠牲者が出ちまう前に、俺は砂羽と目しぱさんを探してみる」
『わかったわ。捜査員にも連絡してあるから駅や空港は大丈夫だと思う。とにかく探せるだけ探して』
そう言うとテキパキと指示を出し始めた。
すでにこの部屋のある5階は封鎖されており、鑑識まで到着していた。
「さて、砂羽行くぞ」
「ラジャーボス!」
部屋を出て町を探す。
身を隠せそうなネットカフェやカラオケボックス、ホテルなどあらゆる場所を回ってはみたが、パレードの影響もあり人が多くまったく情報が入ってこない。
「やっぱこう人が多いと逆にダメだな」
「ですねー」
近くの公園のベンチに座り、煙草に火をつけフゥと大きく息を吐く。
砂羽は「目しぱさ〜ん」と言いながらベンチの下を一生懸命に探していた。
「お前…そんなとこに居るわけねーだろ」
「そんなのわかんないじゃないですか」
そう言うと遠藤の隣に腰をかける。
「…ボス。目しぱさん見つけたらこの事件もやっと終わりですよね」
黙ったまま煙草を吐いた。
「ちゃんとるりさんにも報告してあげないといけませんね」
「……そうだな」
ポンポンポン…
砂羽が缶のコーンスープを口にあて、上を向いて底を叩いている。
どうやらコーンが出てこないらしい。
「お前…よく走り回った後にそんなマッタリしたもん飲めるよな?」
携帯灰皿に煙草を押し入れ、自分もエメラルドマウンテンを飲み干した。
「しかし走り回ったから疲れたなぁ…一旦事務所戻るか。あと腹も減ったし胡蝶蘭でメシ食おうぜ」
時計を見ると、昼ごはんというには遅すぎるし夕飯にはまだまだ早い時間を指していた。
焦っても仕方ない。見つからない人を闇雲に探しても体力の無駄だ。
一度考え直して立て直したほうがいいだろう。
「そうですね。じゃぁ車回してきますね」
残りのコーンを名残惜しそうにしながらゴミ箱に缶を投げ入れ、砂羽は小走りで駐車場へと向かった。
しかし、目しぱは一体誰と争っていたのか。
遠藤達が部屋に到着した時間の数分前に恐らく部屋を出ている。
何時間も前というわけじゃない。そんな人物を、パレードで人が多いとはいえ目撃証言が何も見つからないのはどうしてだろう。
この辺りに身を潜めているのか?
この人波の中、走っている人物が居たなら目立たない訳がない。
しかも目しぱ一人ならまだしも、恐らく2人だ。
なぜ誰も見ていない?
目しぱの部屋に居たかもしれないもう一人の人物。
隣の住人が言うには
【やったのは全て自分。責任をとるべきなんだ】
と目しぱは言っていたらしい。
その後聞こえてきた部屋を荒らす音。
何か不都合でも起きたのだろうか。
全てを告白し、争う必要がある相手ということは、なにかしら事件に関係のある人物であることは間違いないだろう。
目しぱは追っているのか?
それとも追われているのか?
それとも一緒に居る?
部屋に居たのは一体誰なんだ?
目的はなんだ?
パッパー!
クラクションの音が聞こえる方に目を向けると砂羽がこちらに手を振っている。
急いで駆け寄り助手席に乗りこみ砂羽に告げた。
「あのさ、オレもうちょっと目しぱさんの部屋調べてみるわ。だから先に帰っててくれ」
やはりどうしても気になった。
帰る前にもう一度部屋を見ておきたかったのだ。
「…わかりました。でもなにがそんなに気になるんですか?」
「いやーそれはオレにもわかんね。なんか引っかかるだよねぇ。とりあえずお前はこのまま太虎さんの屋敷行って車かえしてこい。それと…」
「わかってますよ!るりさんのことでしょ?調べておきます」
るりだけが今どこで何をしているのかわかっていない。
休暇とストは言っていたが、どうも様子がおかしいし、なにより太虎が持っていた写真が気になっていた。
例えばるりと目しぱが知り合いなのだとしたら、さっきまで一緒に居たのはるりの可能性だってある。
「さすがだねぇ〜出来る女は違うねぇ。じゃ、オレ行ってくるから」
助手席側のドアに手をかけると
「マンション前まで車で送りますよ?」
「…ち、近いしいいや」
そうですかぁ?と首を傾げる砂羽を横目に車を降りた。
「じゃぁ今日は車を返してストさんに話しきいたらそのまま帰りますね。事務所戻らなくて大丈夫ですか?」
「ああ。別にいいよ。昨日から徹夜だし、疲れた頭で何考えたって無駄だから寝とけ」
「じゃ、何かわかったらすぐ電話ください!」
そう言うと砂羽は窓を閉め車で走り出した。
目しぱのマンションへと向かう遠藤の背後からは
【なになに?!映画の撮影?!】
【なんだよあの車!スゲースピード!でもドライブテクぱねぇ!】
【あれ絶対乗ってるのジャッキーだぜ!!】
など聞こえてきたが
他人のフリをしておいた。
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