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遠藤探偵事務所の事件譚
Day4-3

原点に立ち返る。

まずは最初の事件からだ。

遠藤と砂羽は太虎の屋敷に来ていた。
辺りは相変わらず静かで、主を失った大きすぎる屋敷はどこか古ぼけた気さえする。

『遠藤様。砂羽様。ようこそお越し下さいました』

玄関先でストが迎えてくれた。
太虎が居なくなったのだから好きなように暮らせばよいのに、花の手入れから邸内の清掃、全てが隅々まで完璧に保たれていた。

「あれ?今日はるりさんは?」

『太虎様がお亡くなりになって気疲れしたのか、当面休暇を取っております』

「……そうですか」

「体調でも悪いんですか?」

『そういう訳ではございませんのでご心配無く』

いつから休んでるんだろうか。
ストの様子もどこかおかしい気がするが…気のせいか?

『で、本日はどのようなご用件でしょうか?』

「あー、事件の捜査にちょっと行き詰まりまして…原点から見直そうかと」

『なるほど。太虎様の書斎、行かれますか?』

「出来れば。お願い出来ますか?」

もちろんです、と笑顔でストは答えてくれた。

たった数日前なのに随分と昔のように感じる。
見覚えのある通路を通り、書斎前までやってきた。

「ストさん。死体発見時の事、もう一度伺いいます」

まずは密室の謎。

「るりさんに呼ばれて部屋の前まで来られたんですよね?」

『はい』

「そこからの事を少し詳しく教えてください。出来るだけ細かい動作まで正確にお願いします」

『わかりました。ここにたどり着いた時、まずるりが扉を叩いてこう言いました』


やっぱり鍵も回らないし、旦那様が部屋の中から鍵を刺しっぱなしにしてらっしゃるんだわ。
何かあったのかも知れません!


「それは間違いないですか?」

『間違いありません。そう言って直ぐにるりは扉に体をぶつけ始めましたので、わたくしも直ぐ様、同じように体当たりして扉を開けました』

「なるほど…」

扉を開く。
室内は血痕が生々しく広がっていて、事件当日のまま残されていた。

「ストさん。ちょっとここの鍵を貸してもらえますか?」

『?…構いませんが』

遠藤は鍵を受け取り部屋に入り扉を閉めた。
直ぐ様内側ち鍵を差し込みドアノブを捻ってみる。

やっぱり回らない。

「ちょっと!ボス!なんで閉めるんですかっ?!」

扉の外側で砂羽がギャンギャン騒いでいた。

部屋を見回して考える。
例えば犯人がスト達が扉を開くまで部屋のどこかに隠れていたとしたら…

王道でいけば扉の死角。
ここの扉は内側に開く。その裏側に潜んで、るりとストが混乱している隙に出たというのはどうだ?

「…ないな」

るりがずっと扉の側で立っていたとストは言っている。
しかも2人は警察が来るまでこの部屋を離れては居ない。
窓にも格子がありとても出られそうにない。

「やっぱり密室は外から作られたのか?」

しかし扉の下を覗いてみても、何かを通す隙間さえない。

『遠藤様!大丈夫でございますか?!』

さすがにストまで心配して声を掛けてきた。

「あ!すみません!あの、ストさん。申し訳ないんですが、当日と同じように扉に体当たりしてみてもらえますか?」

『…わかりました』

「砂羽はるりさんの役な!手加減しろよ!お前怪力なんだから!」

「わかってますよっ!じゃ、ストさん行きますよ?」

せーの…

掛け声の後に、砂羽のどりゃぁぁという声が聞こえてきた。

「ちょ!おま!!」

時すでに遅し。
勢いよく開いた扉は壁側まで開き、ドンッという音を立てぶつかった。

「お前!なにやってんだよっ!」

「リアルを追及したまでです!私は悪くない!」

『まぁまぁ遠藤様。わたくしとるりも焦っておりましたので、おおよそこれぐらいの勢いで開きましたので』

「そうなんですか?」

ほぉらみろと、砂羽が胸を張る。
しかし扉のぶつかった壁には、刺してあった鍵がヒットしたのか壁紙が小さく剥がれてしまっていた。

「でも…ここだけは修理させていただきます…すんません」

遠藤はスマホで写真を取った。
同じ壁紙を探して張り直してもらおう。

『大丈夫でございますよ。こんなのわたくしなら数分で埋めてみせましょう!ですので気にしないでください』

ニコリとストは笑った。

「じゃぁお言葉に甘えて…」

「で、何かわかったんですか?」

砂羽は部屋を物色しながら聞いてきた。

「いや。わからん!」

自信満々に答えた。

「結局、収穫なしですか…」

砂羽も諦めムードだった。

「…そぉでもないぞ?」

え?と砂羽は振り向く。

「なんですか?何かわかったんですか?」

「いや、まぁそれは確信してからということで。てかストさん。ちょっとお話しいいですか?」

『なんでございましょう?』

「オレはなんとなくですが、貴方とるりさんが何かしら事件に関わっているんじゃないかと思っています」

ストは表情も変えず首を傾げる。

「ストさんは太虎さんから5000万円の借金がありますよね?」

ストの小さなため息が聞こえた。

『ご存じでしたか』

「はい。それって殺す動機になりませんかね?」

オロオロと見つめる砂羽を横目に遠藤はストレートに聞いた。

『なりますね。でも遠藤様は大きな勘違いをなさってます』

「どういうことですか?」

『わたくしがこのお屋敷に仕えるようになりましたのは、太虎様がお誘いくださったからです』

どういうことだ?
遠藤は首を捻った。

『太虎様は悪評こそ高いですが、実はとても心の優しい方でした。わたくしがこのお屋敷に呼ばれましたのも、理由がございます』

ストは淡々と言葉を続けた。

起業する為にストは太虎から多額のお金を借りた。
しかし、一緒に起業した友人に騙され全ての借金を背負うことになったらしい。
返すあてもなく途方にくれたストは、太虎に自分の生命保険で返済すると告げに来たのだ。

その時だった。
【この屋敷で働き返せばいい。たった5000万の金で、人生を(ツッパリ)棒に振る事はない】
そう言ったのだ。

『わたくしは一生お仕えしようと決心致しました』

「あの悪徳金貸しの太虎さんが?」

砂羽が嘘だぁという顔でストに言う。

『そういう良い所もあるという話でございます。確かに太虎様は強引な方でした。しかし、人間誰しも見えない部分はございますよ』

微笑んで砂羽に返す。

「じゃ、るりさんも何か訳があってここに来たんでしょうか?」

『それはわたくしにも分かりかねます』

「そうですか」

「るりさん疑ってるんですか?」

「そうじゃないよ。でも今は何でもいいから情報集めないと」

言い訳だった。
蒼といいストといい、太虎の周りにいる
人間はどこかお金で繋がっている。
るりだって…そう思ってしまうのも仕方がない。

あとは目しぱだけだ。
まだ何も情報が無い。
なんとか探し出さないと…

「あ、そうだ!もうひとつ!叫び声の件ですけど、もう少し部屋を調べさせてもらえますか?」

『そうでございますね。特に用事もございませんのでごゆっくりお探しくださいませ』

「ありがとうございます」



♪さかなさかなさかな〜さかなを食べると〜♪

遠藤のスマホが鳴った。
みーきゃんだ。

「…またコイツは。調べようとしたら掛けてきやがる。オレGPSでも付いてんのかな?…もしもし?」

『大至急!行ってほしい所があるの!』

受話器越しに聞こえる声は、周りの騒音にかき消されそうだった。
人混みにいるらしい。めいっぱい大きな声で喋っている。

「なに?どゆこと?主語ちょうだい主語」

遠藤もつられて何故か大声になる。

『私!目しぱさん!見つけた!逃げられた!』

なんだこの原始人みたいな話し方。

「お前とうとう頭おかしくなったか?」

『違うわよ!あんたニュース見てないの?!今日はアメリカ大統領のオパマさんがジャパニーズす〜し〜をイートしに来てるでしょ?そのパレードの護衛ナウなの!』

「英語話せないならいっそ使うなよ。で?」

鼻をほじりながら遠藤は答える。

『警察全体が護衛の方に回ってて動ける人員がほとんど居ないのよ!さっきまで目しぱさん追っかけてたんだけど人混みで巻かれちゃって!この辺り探してるんだけど、マンションに戻るかもしれないから先回りしてくんない?!』

「あー、こっちも目しぱさんには話しあるから行ってやるよ。お前は動けないの?」

『そうなの!これからライス国務長官が、す〜し〜にオンザフィッシュをドゥするから私もキャンしないといけないの』

「まぁだいたいわかった。でも一つだけ言っとく。す〜し〜はオンザフィッシュじゃない。オンザライスだからな。魚に米を乗せるな。あ、ちなみにライスは米のことだ。間違ってもライス国務長官の方に魚乗せんなよ」

『わかってるわよ!とにかく住所もわかったから言うわね!』

遠藤は太虎のデスクにあるメモ帳に住所を書き、ピッと破った。

『とにかく急いで!お願いね!』

それだけ言うと電話は切れた。

「毎回毎回…勝手だなぁ」

今回はこちらとしても目しぱに会えるなら願ったりかなったりだ。

『だいたい状況はわかりました。お急ぎでしょうからすでに砂羽様には車のキーをお渡ししております。玄関にお急ぎくださいませ』

さすが一流執事。
会話を聞いただけで状況を理解したらしい。
砂羽の姿はすでに無く、どうやら車をまわしてくれているらしい。

「いつもすみません…てか、ちょっとまてよ…」

忘れていた。
砂羽はハンドルを握ると人格が変わる。

「ヤバ…」

玄関に走り出そうとした瞬間、窓の外から女性の悲鳴にも似たドリフト音が響き渡る。
窓辺から玄関を見下ろすと、真っ赤なスポーツカーが横回転しながらピタリと玄関に付けた。

知らない人が見たら運転手は確実にジャッキー・チェンだが、窓から顔を出したのはもちろん砂羽。

「ボスー!早くライドンしちゃいなよーフゥ〜♪」

輝く笑顔でグッと親指を立てている。

「はぁ…」

時すでにお寿司。



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